京都市の予算書を読んでみた(前編):均衡という名の砂上の楼閣

回覧板で市政を学び始めた私が、次に目を付けたのは市の「お金」である。

財政とは、市民生活の最も根底的な部分だ。道路も、学校も、福祉も、すべては金で動く。

ならば、お金の流れを追えば、この都市の本当の姿が見えるのではないか。

そう考えて、京都市役所が毎年発表する決算資料をこねくり回した。

読み解いてみると、その数字は雄弁に語り出す。


其の一:均衡という幻

京都市の予算書を開くと、毎年こう書かれている。

歳入 ○○○○億円
歳出 ○○○○億円

一致している。バランスしている。健全である。

……と、そう見える。

しかし、これは幻である。

平成25年度から令和3年度まで、9年間、京都市は毎年「実質的な赤字」だった。

  • H25:△18億円
  • H28:△83億円
  • H29:△110億円(最悪)
  • R2:△172億円(コロナ禍で最悪)

9年連続の赤字。

ところが、予算書には毎年「均衡」と書かれていた。

なぜか。

答えは単純だ。赤字を隠していたのだ。


其の二:677億円という見えない穴

正確には「隠した」というより「先送りした」というべきか。

手口はこうだ。

基金を取り崩す。 市が将来の借金返済のために積み立てていたお金(公債償還基金)を、計画外にこっそり使う。H29年は69億円。

特例債を発行する。 返済期限付きの借金で、穴を埋める。H29年は44億円。

合わせて113億円。これで「均衡」に見せかけた。

恐ろしいのは、この手口が平成25年に始まったものではない、ということだ。

京都市の収支不均衡は、実に2001年度(平成13年度)から続いていた。20年以上である。

直近の平成25年度から令和3年度までの9年間だけでも、累計:677億円。

つまり、677億円の赤字を、「将来の京都市民」に押し付けた。

令和4年度に転機が来る。この「特別な財源対策」がついに不要になり、実質的な赤字状態を脱したのだ。

赤字脱却は、実に22年ぶりだった。

さらに令和5年度は88億円、令和6年度は58億円の黒字を達成した。

3年連続黒字。特別の財源対策もゼロ。

市は「財政健全化」を高らかに謳っている。

しかし、待て。

過去に計画外で取り崩した基金——いわば「過去負債」は、いまだ435億円残っている。毎年35億円ずつ返済中で、完済は令和20年度(2038年度)の見込みだという。

つまり、今の子どもたちが社会人になるころ、まだその借金は続いているのである。

「黒字達成」を手放しで喜ぶのは、早計というものだ。


其の三:固定費という石の首枷

では、なぜ20年以上も赤字が続いたのか。

単純である。出が入を大きく上回り続けたから。

その「出」のうち、どうにもならない部分を見てみよう。

予算書を眺めると、ある数字が目に飛び込んでくる。

全歳出の51.6%が、「義務的経費」というものに消えている。

義務的経費とは何か。削りたくても削れない固定費のことだ。

三種類ある。

まず、給与費:1,572億円。

市の職員の給与である。これは減らせない。公務員の給与を一方的に削減するのは、簡単ではない。人件費を不要と切り捨てるのはもってのほかだ。

次に、扶助費:2,436億円。

児童手当、生活保護、介護保険の市負担分など、市民生活を支えるための必須経費だ。これも減らせない。むしろ、高齢化により、これからどんどん増える。

そして、公債費:880億円。

過去の借金の返済だ。これは避けようがない。借りたものは返すしかない。返さなければ怖い人が来てしまう。

三つを合わせると、4,888億円。

全歳出9,464億円(R4)の、実に51.6%である。

かくして、市の予算の過半は、「決断で変えられる」ものではなく、「毎年必ず出ていく」ものに固定されている。

残りの40数%で、何をしなければならないか。

道路の修繕。橋の補強。公園の整備。学校の建築。図書館の運営。消防。警察。

すべてを、残り半分弱の予算で賄わなければならない。

これが、京都市の財政の本質的な構造だ。

石の首枷をはめたまま、走らされているようなものだ。


其の四:それでも黒字に転じたのはなぜか

いや、待て。それなら、なぜR4以降は黒字が続いているのか。

改革が成功したのか。市長の手腕か。それとも——

答えを探ると、いくつかの「外部要因」が見えてくる。

一つ目:教職員給与の移管と、それに伴う税源移譲。

平成29年度、それまで京都府が負担していた市立学校の教職員給与(府費負担教職員制度)が、政令指定都市である京都市の負担に移管された。給与費が一気に586億円増えた。

その代わり、平成30年度から、その財源として個人住民税の一部(府民税2%相当)が府から市へ税源移譲された。市税収入が一気に約360億円増えた。

数字の上では市税が「過去最高」を更新し続ける土台になったが、これは市の政策ではない。国の制度変更の産物である。

二つ目:コロナ後の観光復興。

令和2年度のコロナ禍で、宿泊税収入は激減した。

その後、観光客が戻り、宿泊税も回復。市の財源が一時的に潤った。

三つ目:市税の過去最高更新。

令和6年度、市税収入は3,243億円と過去最高を記録した。徴収率も99.2%で過去最高。個人市民税の給与所得の伸びと、固定資産税の増加が主な要因だ。

しかし、これとても永続するとは限らない。景気が悪化すれば、市税は即座に落ち込む。

つまり、「財政健全化」の真因の一部は、市の努力ではなく、「たまたま追い風が吹いた」ことにある。

次回(後編)は、この「追い風」が止んだとき何が起きるか——法人市民税の不安定性、高齢化の圧力、そして構造的な問題の深さ——を解剖する。

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