京都市の予算書を読んでみた(後編):稼げない都市の構造的宿命

前編では、20年以上続いた隠れた赤字と、R4以降の「黒字転換」を見た。

しかし、黒字転換の要因を分析すると、そこには不安な「追い風依存」の姿があった。

では、その追い風が止んだとき、何が起きるのか。

今回は、市税の「稼ぐ力」の限界と、高齢化という避けられない圧力を解剖する。


其の五:法人市民税という不安定な綱渡り

市税の柱は三つある。個人市民税、法人市民税、固定資産税だ。

個人市民税は数字の上では伸びている。H25年の789億円から、R4年には1,177億円へ。ただし正直に言えば、この増加の大半は、前編で述べた平成30年度の税源移譲(約360億円)によるものだ。制度変更を除いた「実力」の伸びは、もっと控えめである。

固定資産税は底堅い。地価上昇に伴い、じわじわ増えている。

問題は、法人市民税だ。

過去10年の推移を見てみよう:

  • H25:254億円
  • H28:240億円(最低)
  • R1:342億円(最高)
  • R2:268億円(コロナ禍で激減)
  • R4:255億円

最高と最低の差は、102億円。変動率にして42.5%。

一言で言えば、ジェットコースターだ。

景気が良ければ跳ね上がり、景気が悪ければ一気に落ちる。

なぜこれほど不安定なのか。

理由はシンプルだ。一部の大企業に依存しすぎているから。

京都市の産業構造を見ると、基幹産業として観光業、伝統産業、大学(非営利)が並ぶ。

観光業は飲食店や旅館が多く、法人税をほとんど生まない。

伝統産業は零細企業が多い。

大学は非営利法人で、課税されない。

結果として、法人市民税の大部分は、数社の大手企業の業績に左右される。

その企業の業績が良い年は豊かに、悪い年は一気に苦しくなる。

これが、「稼げない都市・京都」の実態だ。


其の六:観光客5,600万人の正体

ここで、奇妙な実験結果をお見せしよう。

実験台は、コロナである。

京都市の観光客数の推移を見てほしい。

  • H30(2018年):5,275万人
  • R1(2019年):5,352万人
  • R2(2020年):2,159万人(コロナで6割減)
  • R3(2021年):2,102万人
  • R4(2022年):4,361万人(回復途上)
  • R5(2023年):5,028万人
  • R6(2024年):5,606万人(過去最高

コロナの2年間、観光客は6割消えた。3,000万人以上がいなくなった。

では、市税はどうなったか。

  • R1:3,055億円
  • R2:2,959億円

減ったのは、わずか96億円。率にして3%である。

観光客が6割消えても、市税は3%しか減らなかった。

逆も見てみよう。R6、観光客数は5,606万人と過去最高を更新した。外国人観光客も1,088万人で過去最高。街は人で溢れかえった。

市税はどうか。

R5:3,201億円 → R6:3,243億円。

増えたのは42億円。率にして1.3%である。

しかもその増加要因は、市の発表によれば「個人市民税の給与所得の伸びと固定資産税の増」——つまり、観光ではなく、市民の稼ぎと地価である。

観光客が6割消えても、市税はほぼ減らない。

観光客が過去最高になっても、市税はほぼ増えない。

つまり、観光客数と市税は、ほとんど連動していないのだ。

では、観光客が市の財布に直接入れてくれる税金は何か。

宿泊税である。その額、令和5年度で約52億円。

観光客5,028万人で割ると、1人あたり約100円

飲食して、清水の参道を歩いて、土産を買って帰る観光客が、京都市の財布に直接落とす税金は——1人約100円。コンビニのおにぎり1個に満たない。

(2026年3月の税率改定で宿泊税は約126億円に倍増する見込みだが、それでも1人あたり250円ほどである)

一方で、観光客が増えれば、市の出費は確実に増える。ゴミ回収、混雑対策、市バスの増便、インフラの負荷。

つまり、観光客は市財政にとって「稼ぎ口」にならず、「出費源」になっている。

なぜか。

理由は、前々回の記事(古都税紛争)で明らかにした通りだ。

寺社は非課税。観光地の固定資産税は生まれない。

観光客が落とすお金は、個人経営の飲食店や零細企業、あるいは市外資本のホテルチェーンに流れる。法人市民税の源泉にはならない。

かくして、5,600万人の観光客が訪れようとも、市の台所はちっとも潤わないのである。


其の七:高齢化という名の時限爆弾

さらに悪い話がある。

扶助費(福祉関連経費)の推移を見てみよう。

  • H25:1,855億円
  • R3:2,578億円(コロナ関連で急増)
  • R4:2,436億円

10年で約581億円、31%の増加だ。

この数字が示すのは、京都市民の高齢化だ。

市民約144万人のうち、65歳以上は約41万人。高齢化率は28.5%——市民の3.5人に1人が高齢者である。

その割合は毎年上がっている。区によってはさらに深刻で、東山区では32%を超える。

介護保険の市負担。生活保護の受給者増。医療費の増大。

これらは、市長が誰になっても、どんな改革をしても、止められない流れだ。

高齢者が増えれば扶助費は増える。

同時に、働き盛りの人口は減る。

納税者が減り、被扶養者が増える。

この逆転現象は、今後さらに加速する。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、京都市の人口は2050年には110万人台まで減少する見込みだという。約2割の減少である。

当然、個人市民税も減る。

一方、高齢者の割合はさらに上がり、扶助費はさらに増える。

これが、京都市が直面している「時限爆弾」の正体だ。


其の八:門川時代の16年と構造的問題

前編で触れたとおり、門川大作前市長は2008年から2024年まで、4期16年にわたって市政を担った。

その16年間のほぼすべてで、京都市は「特別の財源対策」という名の赤字補填を続けた。

平成25年度以降だけでも、累計677億円。

しかし、門川市長個人の問題だったのか、と問われれば——答えは「否」である。

そもそも収支不均衡は2001年度、つまり前任の桝本市政の時代から始まっていた。

高齢化は誰が市長でも進む。寺社の非課税問題は40年前から解決されていない。観光客は増えても市税を生まない。これらはすべて、「構造的問題」だ。

門川市長が「悪い市長」だったのではなく、構造的に詰んだ状況で16年間戦い続けた、とも言える。

ただし、同時に問わなければならない。

その16年間で、構造そのものを変えようとしたか——と。

答えは、おそらく「あまり変えられなかった」だ。

寺社課税の議論は封印されたままだった。

観光依存から脱却する産業政策は見えなかった。

人口減少対策は後手に回った。

その結果として、677億円を将来に先送りした。

それは、市長個人の責任というより、「この都市が選んできた政治的選択」の積み重ねだ。


其の九:新市長・松井孝治への問い

令和6年2月、松井孝治新市長が就任した。

市税収入は3,243億円で過去最高。徴収率も過去最高。特別の財源対策も3年連続ゼロ。表面上は「財政健全化」が達成されている。

しかし、この記事を読んだ者は知っている。

その「健全化」は、追い風の上に成り立っている——と。

過去負債は435億円、令和20年度まで返済が続く。

高齢化は止まらず、扶助費は今後も増加する。

法人市民税は不安定で、景気次第で100億円規模の変動がある。

観光客が過去最高の5,600万人来ても、市税の増加は42億円——市の台所が本質的に豊かにならない理由は、この記事で明らかにした通りだ。

では、松井市長は「追い風が止んだとき」の備えをしているか。

新市長の掲げる「突き抜ける世界都市・京都」。

素晴らしいスローガンだ。

しかし、予算書の数字が語る現実は、もっと地味で、もっと厳しい。

一介の市民として、その答えを待ち続けたい。

次回は、京都市議会で「実際には何が議論されているのか」を追ってみよう。


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