私は地方からこの古都に流れ着いた移住者である。
事の発端は、一枚の回覧板であった。
「次期 京都市都市計画マスタープラン(案)について」——そう書かれた紙が、ある夕暮れ時に我が家の郵便受けに収まっていた。正直に申し上げると、最初は読む気がしなかった。行政の文書というものは、たいてい読む者の気力を削ぐように書かれているものである。
しかし、何の気なしにページをめくり始めたところ、これが思いのほか面白い。気づけば4歳の息子が寝静まった深夜まで読み耽っていた。妻には「また変なものを読んでいる」と呆れられた。
そもそも私がこの京都に来たのは、学生時代の記憶があったからだ。あの頃の京都が忘れられず、家族とともに移住を決めた。この街の路地が好きで、和菓子が好きで、祭りが好きで——そのくらいの理由で移り住んできたわけであるが、そこで気がついたことがある。
私は京都という街を愛しながら、この街の市政というものをまるで知らなかった。
回覧板一枚で動揺するくらいには、何も知らなかったのである。
そこで市政に関する資料を読み始めてみると、これがまた面白い。予算書、議事録、各局の事業報告——どれも読み込めば読み込むほど、この街の構造が見えてくる。
ただし、問題がある。
いかんせん難しいのである。行政資料というものは、一般市民が読むことを想定して書かれていない。いや、正確には「読めないことはない」のだが、読むには相当の覚悟と忍耐と、若干の阿呆さ加減が必要だ。
ならば、その阿呆さ加減を存分に発揮するほかあるまい。
阿呆の血のしからしむるところ——私は本気で考えることにした。
さて、どこから手をつけるかといえば、まず財政である。
ここで一人の老人の顔が浮かぶ。門川前市長である。
あの御仁は、私が学生時代に京都に住んでいた頃からすでに爺さんであった。そして移住してきた今も爺さんのままであった。人間というものはかくも長く爺さんでいられるものかと、ある種の感動すら覚えていたのだが、先日の市長選でついに退任された。
思えば不思議な存在感であった。市役所に金ピカの茶室を建て、イベントのたびに和服姿で颯爽と登場し、派手なことがお好きな方であったようだ。あの風貌、あの貫禄——私はひそかに疑っている。あれは天狗ではないか、と。鞍馬山あたりからこっそり下りてきて、長らく市政を仕切っておられたのではないか。
しかしいずれにせよ、時代は変わった。さて、財政の話に戻ろう。
「京都市はお金がない」とはよく聞く話である。
観光客があれだけ押し寄せているのだから儲かっているのではないか——そう思う方も多いだろう。私もかつてはそう思っていた。ところが実態はそうではない。よく語られるのは「平成初期に地下鉄事業で莫大な負債を抱えた」という話だ。確かにそれは事実である。しかし待っていただきたい。地下鉄だけで片付けるのは、あまりにも粗雑というものではないか。
この古都が抱える財政の闇は、もっと深く、もっと構造的で、そしてもっと京都らしい。
私が市政資料の山を泳ぎ回って掴んだ、5つの真実をここに記す。
其の一:神仏は税を払わない
京都には寺社仏閣と大学が溢れている。観光客を集め、街に風格を与える存在たちだ。しかし行政の台所事情から見れば、彼らは固定資産税を一切納めない。国の法律がそう定めているのだから仕方ない。
その結果、景観保護のための高さ制限も相まって、京都市民一人あたりの税収は政令指定都市平均より約1万円少ない。されど寺社の荘厳さは失われない。なんとも京都らしい矛盾である。
其の二:若者は京都で学び、東京で稼ぐ
京都は大学の街である。全国から優秀な学生が集まり、青春を謳歌し、そして卒業とともに去っていく。納税者になる頃には、すでに東京におられるわけだ。
23歳から64歳の就業層の人口割合が政令市の中で最も低い、という数字がそれを物語っている。かつて学生だった私も、卒業後はしばらく東京で稼いでいた。まったく申し訳ないことをした。
其の三:平成の大盤振る舞いのツケ
地下鉄はその象徴に過ぎない。平成初期、京都市は都市基盤整備の名のもとに大規模な投資を行い、莫大な市債を発行した。その返済が今もなお、毎年の予算に重くのしかかっている。過去の豪快さのツケを、現在の市民が払い続けているのである。
其の四:赤字を赤字と言わない魔法
最も恐ろしいのはこれだ。京都市はかつて「特別の財源対策」という名の措置を長年にわたって講じてきた。要するに、将来のための貯金を取り崩して今の赤字を埋めていたのである。その額、累計505億円。令和6年度末時点でまだ435億円の返済が残っている。
其の五:サービス水準だけは一流を貫いた
財布は薄いのに、気前は良かった。国からの地方交付税が削減される中でも、京都市は全国トップ水準の行政サービスを守り続けた。その心意気は見上げたものだが、収支としては当然厳しくなる。
では、京都は沈むのか
そうは問屋が卸さない。令和4年度からは3年連続で黒字を達成し、特別の財源対策も脱している。出血は止まった。しかしまだスタートラインに立ったに過ぎない、と市の財政室自身が言っている。
私がこの京都に移住してきたのは、この街が好きだからである。路地も、和菓子も、祭りも。そしてだからこそ、この街の台所を正しく理解したい。天狗の爺さんが去り、新しい時代が始まった今こそ、市民一人ひとりが財政を自分ごととして考えるべき時ではないか。
次回は、そもそもなぜ寺社の課税問題がこれほど根深いのかを、1985年の「古都税紛争」から掘り下げる。

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