宿泊税という落としどころ:観光都市・京都の苦肉の策を解剖する

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前回の記事で述べた古都税紛争から30年。京都市はある悟りに到達したらしい。

神仏のお布施をちょろまかすことは出来ないと悟った市は、人の身から取ろうと考えた。

かくして2018年10月、宿泊税の導入である。


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参考・関連書籍

宿泊税・オーバーツーリズムの問題をさらに深く理解したい方に、2冊をお勧めしたい。

アレックス・カー・清野由美著『観光亡国論』(中公新書ラクレ)。本記事で述べた「観光客が増えるほど市民が苦しむ」構造を、世界の事例とともに論じた一冊だ。パリ・バルセロナをはじめとする海外の観光都市との比較も豊富で、本記事の補完として最適である。

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参考資料:京都市「宿泊税を活用した主な事業」(令和6年度)

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其の一:なぜ宿泊税なのか

東京都は2002年から、大阪府は2017年から宿泊税を導入していた。京都が全国3番目に導入した宿泊税の仕組みは極めてシンプルだ。寺社は一切かかわらない。宿泊事業者が宿泊客から徴収し、京都市に納める。つまり、古都税紛争で「寺社は課税しない」と決めた京都市は、その代わり、観光客から、市民から逃げたのだ。

初期税率は3段階。2万円未満で200円、5万円未満で500円、5万円以上で1,000円。微々たる金額に思えるが、年間5,000万人を超える観光客がもたらす税収は52億円。満足するはずがない。

2026年3月、税率を大幅引き上げする。6,000円未満200円、2万円未満400円、5万円未満1,000円、10万円未満4,000円、10万円以上1万円。最高額1万円は、日本の地方自治体で最高である。税収見込みは約126億円。倍増だ。

其の二:観光公害の対症療法

理由は明白。オーバーツーリズムである。

5,000万人の観光客。市民150万人。その比率は34倍。バスは満員、清水寺の参道は人で埋め尽くされ、商店街は土産物屋ばかり。街は疲弊している。市民生活と観光の両立は、もはや幻想に近い。

その税収は「景観保全」「ゴミ回収」「混雑解消」「違法民泊対策」に充てられるという。すべて観光客が増えたことによる被害の緩和である。

ここで、一つの強引な論理に気付く。観光客が傷つけた京都を、観光客に修復させているのだ。本来なら市民が払うべき費用を、観光客に転嫁している。古都税紛争で「寺社を免除」した京都市は、今度は「市民を免除」した。実に巧妙ではないか。

其の三:パリの教訓

さて、海外はどうか。

思えば、私は10年前にフランスに行ったことがある。モンサンミッシェルを見に行ったのだが、あの時はテロの直後だった。ニースやパリでのテロ事件があって、フランスは震撼していた。あの堂々たる修道院も、参道も、驚くほど閑散としていた。観光客は激減し、ホテルは客もまばら。あの異様な静寂が、今でも忘れられない。

しかし数年経つと、パリは観光をもう一度重視することにした。観光客が戻ってくるにはどうしたらいいか——その時に考えたのが、宿泊税の引き上げと、その使途の明確化である。

パリの宿泊税(最高11ユーロ、1,740円)の増収分は「公共交通機関の改善」に充当されると明示された。市民も観光客も、同じ地下鉄に乗る。つまり、観光客の負担が市民全体の利益に変わるのだ。パリが観光客に求めたのは「自分たちが利用する施設を整える費用」であり、京都が求めたのは「自分たちが生み出した問題を自分たちで解決する費用」なのである。

この差は決して小さくない。

其の四:他都市との比較

バルセロナの観光税(1泊あたり4ユーロ、約695円)の税収は「市インフラ整備」に充当される。年間約200億円規模である。ニューヨークの宿泊税(14.375%)は「観光振興と美術館支援」に充当される。

各都市とも、観光客に相応の負担を求めている。その額は京都の改正後とほぼ同等か、それ以上である。では、差は何か。

一つには、その「使途の公平性」である。パリやバルセロナは市民にも利益がある施策を選んだ。京都は「観光関連」に限定している。市民のための新しい学校は建たない。老朽化したインフラは放置される。

これが、京都の「落としどころ」である。

其の五:宿泊税は正解か

いや、待て。本当にそれが正解なのか。

確かに、寺社の反発は避けられた。オーバーツーリズム対策として観光客に負担を求めるのは、海外でも採用されている。その意味では「国際標準」に近づいたと言えるかもしれない。

しかし。

宿泊税引き上げで観光客は減るだろう。小規模旅館は消え、大型チェーンホテルばかりになるかもしれない。何より、この税は本当に「市民生活の質向上」に使われているのか。それとも単なる「被害の対症療法」なのか。

古都税紛争から40年。京都市は相変わらず、その傷を引きずっている。税は変わったが、問題は変わらない。観光と市民の利益は相容れない。その根本的な選択を、市は未だにしていない。

宿泊税は、その選択を先送りにするための、巧妙な「落としどころ」に過ぎないのではないか。

次回は、この矛盾がもたらす真の影響を、データから読み解く。

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