前日の記事でも述べたが、今日は古都の神仏について話をしたい。決して神様仏様の怒りを買いたいわけではない。私は善良な市民である。
ただし、京都市という行政体が、過去に「信教の自由」と「財政の論理」の間で、どのような選択をしてきたかを知ることは、市民として大事ではないだろうか。そこで今回は、1985年に起きた「古都税紛争」という、知る人ぞ知る京都の歴史的事件について述べたい。
其の前史:拝観税は三度挑まれた
実はこの話、1985年が最初ではない。
京都市は過去に三度、寺社の拝観者に税をかけようとした。文化観光施設税(1956年~1964年)、文化保護特別税(1964年~1969年)、そして古都保存協力税、通称「古都税」(1985年~1988年)。
理由はいつも同じである。観光客が増えれば道路もインフラも痛む。その費用を受益者たる観光客にも負担してもらおう、という至極まっとうな論理だ。
しかし寺社側の論理もまた、ゆるぎない。
其の一:市、50円を求める
1982年、京都市は再び動き出した。拝観者一人につき50円。年間10億円の増収を見込んだ古都税の構想である。
50円である。缶コーヒー一本にも満たぬ金額だ。しかし事はそう単純ではなかった。
仏教会の主張はこうだ——「千五百年の歴史を持つ仏教が、近代百年の歴史しか持たない現体制によって存在の基盤を揺るがされようとしている」。寺院が行政の下請けとなって税を徴収することは、宗教行為の否定である、と。
なかなかどうして、骨のある言い分ではないか。
ここで一つ、試算をしてみたい。
1985年時点の古都税は「拝観者50円」だったが、仮に現在(2024年)の観光客数に同じ税率を適用した場合、いくらの増収になるだろうか。
2024年の京都市における観光客数は5,606万人。これに50円を乗じると、2億8,030万円の増収となる。1985年の「年間10億円の増収見込み」と比べると、観光客数は約3倍に膨れ上がっていることが分かる。つまり、当時「50円」という金額は象徴的な問題ではなく、寺社が失う自主性そのものが争点だったのだ。
其の二:テンプル・ストライキ
1985年1月、京都市仏教会は宣言した。古都税が施行されるならば、24の寺社が拝観を停止する、と。
この記事のシリーズ
- 📖 第1回:京都市はなぜ財政難なのか
- 📖 第2回:古都税紛争1985(本記事)
- 📖 第3回:宿泊税という落としどころ
参考・関連書籍
この問題をさらに深く理解したい方に、2冊をお勧めしたい。
まず、アレックス・カー・清野由美著『観光亡国論』(中公新書ラクレ)。オーバーツーリズムが日本をどう蛙食んでいるか、その構造を世界の事例とともに論じた一冊だ。第2・3記事で述べた「観光客が増えるほど市民が苦しむ構造」が、より大きな視野で語られている。
次に、井上章一著『京都ぎらい』(朝日新書)。京都という都市が内包する矛盾と権力構造を、関西文化論の視点から鮮く切り込んだ名著だ。寺社と市民、観光と生活の軍軍が「京都ならでは」の問題として理解できる。
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市は動じなかった。
同年7月10日、古都税条例が施行される。すると仏教会は約束通り、門を閉ざした。金閣寺が閉まった。清水寺が閉まった。清水寺の門前、五条坂は閑散となった。
海外メディアはこれを「テンプル・ストライキ」と報じた。世界広しといえど、お寺がストライキをする都市は京都だけである。
其の三:8.8和解、そして泥沼へ
拝観停止から約一ヶ月後の8月8日、京都大学総長・奥田東氏を議長とするあっせん会議が仲裁に入り、双方が和解を承諾した。翌日、門は再び開かれた。
しかし話はここで終わらない。
11月、あっせん会議が最終和解案を提示すると、仏教会は「8月の和解内容と異なる」と反発。再び拝観停止が始まった。以後、交渉は泥沼化し、訴訟にまで発展する。
そして1988年3月——京都市はついに折れた。古都税、廃止。わずか3年の命であった。
其の四:では今はどうなったか
2023年、京都市の財政危機が改めて報じられた際、市民から寄せられた意見の中に「古都税の復活を求める声」が41件あったという。
しかし市の答えは慎重だ。「新税を検討する場合、何のためかを市民に具体的に示す必要がある」と。
現在は宿泊税という形で観光客に負担を求めているが、それでも寺社の固定資産税は非課税のまま、今日も変わらない。
私が思うこと
50円をめぐる攻防が3年続き、市は敗れた。
これを「仏教会の横暴」と見るか、「信教の自由を守った勝利」と見るかは、立場による。しかし移住者の目から見て確かなのは——この紛争が残した傷は深く、40年後の今もなお、京都市の財政論議のたびに古都税の亡霊が蘇る、ということだ。
過去は終わっていない。この街では特に。
次回は、この問題が現在の宿泊税にどうつながっているかを追う。


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