雨の日の子どもというものは、行き場を失った元気が家の中を跳ね回る。
椅子は山になり、布団は洞窟になり、親はだんだん無口になる。
我々狸なら、雨が降れば軒下で丸くなっていればよい。しかし人間の子どもは、どうやら濡れずに走り、登り、叫び、何かを発見しなければ一日を終えられないらしい。
しかも近頃の京都の夏は、外で元気に遊べと言うには少々暑すぎる。
そこで京都市は、山科駅前に大きな屋内遊び場をつくることにした。
ただの遊び場ではない。山科図書館も移し、遊ぶ場所と本を読む場所を一つの施設に混ぜるという。
静かにせよと言われる図書館と、元気に遊べと言われる遊び場。
人間社会でも指折りに相性が悪そうな二つを、同じ器へ入れる。
これは成功すれば、ずいぶん面白い「町の居間」になる。
失敗すれば、片方からは「うるさい」、もう片方からは「静かにしろと言われた」という苦情が同時に届く。
しかも、その器の勘定はおよそ50億円である。
となれば狸としては、完成予想図を眺めて感心しているだけにもいかない。明るい木目の向こうにある数字を、少しめくってみよう。
山科駅前の元プールが、図書館と遊び場になる
計画地は、JR・地下鉄・京阪京津線が集まる山科駅前のラクトBである。
使うのは5階と6階。もともとは京都市ラクト健康・文化館として、プールなどが入っていた場所だ。
延べ床面積は2,539.16平方メートル。
- 5階:1,367.07平方メートル
- 6階:1,172.09平方メートル
ここへ現在の山科図書館を移転し、機能を充実させる。同時に、京都市東部地域では初となる大型の子どもの屋内遊び場を設ける。
図書館、遊び場、交流スペース、ラウンジやカフェ、自習やコワーキングの場などを、単に壁で分けて並べるのではない。
京都市の構想では、体を動かす「動・賑」の遊び場から、読書に集中する「静・穏」の図書館までを、交流・共創エリアでゆるやかにつなぐという。
遊びながら絵本へ手を伸ばす。
子どもを見守りながら、親が雑誌を読む。
学生が自習し、仕事をする人が一息つき、近所の高齢者も立ち寄る。
なるほど、目指しているのは「子ども向けの遊具置き場」ではない。
年齢も用事も違う人たちが、同じ建物の中で互いの気配を感じられる公共空間である。
京都は寺社の庭には事欠かないが、用事がなくても市民が無料か安価で腰を下ろせる屋内空間は、案外多くない。
古都は立派な玄関をたくさん持っている一方で、市民が普段着で座る居間が少ないのである。
なぜ図書館と遊び場を混ぜるのか
屋内遊び場だけをつくるなら、話は簡単だ。
滑り台を置き、ネット遊具を張り、安全な床を敷けばよい。
図書館だけを移すなら、本棚と閲覧席と蔵書を考えればよい。
それを、あえて混ぜる。
ここにこの計画の価値がある。
子どもにとって、本と遊びは本来それほど遠くない。
恐竜の本を読んだあと、自分が恐竜になって走る。
大きな積み木で橋をつくったあと、本物の橋がどう架かっているかを図鑑で調べる。
絵本で見た森を、遊具の中で探検する。
大人は「学び」と「遊び」を別々の箱に入れたがるが、子どもはあまり気にしていない。
むしろ二つを離してしまったのは、大人の施設管理の都合である。
だから、遊び場と図書館を一体で設計・運営する考え方には賛成したい。
ただし、同じ建物に入れれば自然に混ざるわけではない。
ショッピングセンターの同じ階に書店とゲームセンターがあっても、ひとつの学び場になったとは誰も言わない。
大事なのは、遊具の近くに本があることではなく、遊びから本へ、本から遊びへ、人の行動が移るように設計されていることだ。
勘定は49.6億円。ただし15年分である
京都市が2026年3月にまとめた構想では、概算事業費は約49.6億円である。
数字だけを見ると、狸の目も少し丸くなる。
ただし、これは施設改修だけの金額ではない。
| 区分 | 概算額 |
|---|---|
| 設計・改修費 | 約25.0億円 |
| 管理・運営費 | 約24.6億円 |
| 合計 | 約49.6億円 |
管理・運営費は15年間の総額である。単純に割れば、年平均で約1.64億円になる。
つまり市民が判断すべきなのは、「遊び場の改修に50億円も使うのか」ではない。
約25億円で既存施設を造り替え、その後15年間、年平均約1.64億円で図書館と遊び場を運営する。その対価として、山科にどんな価値が残るのか。
こちらが正しい問いである。
もっとも、概算は構想時点の数字だ。京都市自身も、今後の物価や人件費によって変わる可能性があるとしている。
2030年度までには、資材も人件費も、気前よく同じ場所に留まってはくれないだろう。
完成時に「最初より高くなりました」と驚かないためにも、契約後は総額だけでなく、設計変更、追加工事、運営費の改定条件まで公開してほしい。
京都市はDBO方式を選ぼうとしている
この施設では、DBO方式の導入が予定されている。
DBOとは、Design、Build、Operate。
設計し、整備し、運営するところまでを、一体的に民間事業者へ任せる方式である。
京都市の試算では、設計、工事、運営を従来どおり分けて発注する場合と比べ、DBO方式のVFMは10.5%とされている。
平たく言えば、同じ公共サービスを従来方式で行うより、事業期間全体の負担を約10.5%抑えられるという見込みだ。
設計した事業者が、その後の運営まで考える。
遊具を立派に造ったものの掃除ができない、本棚を美しく並べたものの人を配置できない、といった分業の隙間を減らせる。
この施設には、DBO方式は相性がよいと思う。
なぜなら、成功の鍵が建物そのものより、遊びと読書をつなぐ日々の運営にあるからだ。
ただし、民間へまとめて任せれば、市役所の悩みまで一緒に消えてくれるわけではない。
15年という契約は長い。
今4歳の子どもが、契約の終わりには大学生ほどになる。
その間に遊び方も、働き方も、図書館に求められる役割も変わる。
契約時の立派な提案書を15年間守るだけでは、施設の方が先に古くなる。
事業者の提案力だけでなく、利用者の声を拾い、毎年少しずつ使い方を変えられる仕組みまで選定条件に入れるべきだ。
完成は2030年度内。子どもの4年は長い
計画上のスケジュールは次のとおりである。
| 年度 | 予定 |
|---|---|
| 2026年度 | 民間事業者の公募・選定に向けた準備 |
| 2027年度 | 公募・選定、契約締結 |
| 2028~2029年度 | 設計・施設改修 |
| 2030年度内 | 施設の活用開始 |
2026年10月9日には、整備・運営を担う契約候補事業者の選定などを審議する第1回検討委員会が開かれる。
順調に進んでも、使い始められるのは2030年度内だ。
公共施設の整備として、特別に遅いわけではない。
要求水準をつくり、事業者を選び、設計し、元プールのある施設を大規模に改修する。安全も防音も避難経路も考えなければならない。
それでも、子育てをしている家庭にとって4年は長い。
今、抱っこされている子どもは、完成時には自分で本を選んでいる。
今、屋内遊び場を最も必要としている子は、完成時には遊具を少し子どもっぽいと感じるかもしれない。
だから本施設の完成を待つだけでなく、設計期間中に山科・醍醐の既存施設を使った小規模な遊びと読書の実験を重ねるとよい。
完成前から運営方法を試し、どの年齢が何を求め、音や安全にどんな問題が起きるかを学ぶ。
49.6億円の施設を、開業日に初めて実験台へ載せる必要はない。
税金を使うなら、来館者数だけを成果にしてはいけない
立派な公共施設ができると、行政は来館者数を数えたくなる。
数字が大きく、説明しやすく、式典の挨拶にも使いやすいからである。
しかし、駅前に新施設をつくれば、最初は人が来る。
問題は、その人たちに何が起きたかだ。
少なくとも、次の指標は継続して公開してほしい。
- 遊び場と図書館の両方を利用した人の割合
- 初回来館者の再来館率
- 子どもの年齢別、時間帯別の利用状況
- 山科図書館の貸出冊数、登録者数、滞在時間の変化
- 子育て家庭だけでなく、中高生、高齢者、働く人の利用割合
- 駅周辺での回遊や買物への波及
- 事故、騒音、混雑、利用を諦めた人の件数
- 運営費一円当たりの利用と成果
遊具で遊んだ子が本を借りた。
図書館へ来た高齢者が、親子の活動へ参加した。
家に閉じこもりがちだった保護者が、定期的に立ち寄れる場所を見つけた。
駅で乗り換えるだけだった人が、山科で時間を過ごし、町で買物をした。
そうした変化まで見えて初めて、「遊びと学びを混ぜた」意味がある。
人を建物へ入れただけでは、町の居間とは呼べない。
山科の交通改善と、一本の話につながる
先日、山科・醍醐で京阪バス、市バス、地下鉄の定期券を一枚のICOCAへまとめる動きを取り上げた。
交通の境界を薄くし、駅前には用事がなくても滞在できる場所をつくる。
この二つは別々の事業に見えて、実は同じ方向を向いている。
人が移動しやすくなり、立ち寄る理由ができ、そこに他人と同じ時間を過ごせる場所がある。
駅というものを、電車やバスへ乗るためだけの場所から、町の中心へ戻そうとしているのである。
山科駅前は京都駅ほど観光客に占領されておらず、四条河原町ほど買物の圧も強くない。
だからこそ、市民の日常を中心にした拠点をつくる余地がある。
観光客を何人運ぶかではなく、近所の子どもが雨の日にどこへ行くか。
これは華やかさでは負けるが、町の暮らしにとってはずっと重要な問いである。
約50億円で買うべきものは、遊具でも本棚でもない
私は、この計画には賛成である。
既存施設を使い、遊び場と図書館を一体で整え、駅前に多世代の居場所をつくる。方向として筋がよい。
だが、遊具が大きい、蔵書が多い、建物がおしゃれだ、というだけでは49.6億円の説明にはならない。
買うべきものは、遊具でも本棚でもない。
子どもが遊びから学びへ移り、親が孤立せず、学生も高齢者も用事なしに立ち寄り、山科で過ごす時間が増える仕組みである。
それが実現するなら、図書館と遊び場を混ぜる意味がある。
実現しないなら、同じ建物に騒がしい施設と静かな施設を詰め込んだだけである。
人間は建物を完成させると、つい仕事も完成した気になる。
狸から見ると、建物はただの巣穴だ。
大事なのは、そこへ誰が来て、誰と出会い、また来たいと思うかである。
2030年度、山科駅前に新しい扉が開いたとき、子どもが遊具から本棚へ走り、親が少し息をつき、知らない者同士が同じ場所でそれぞれ機嫌よく過ごしているなら、この勘定は悪くない。
町に必要なのは、立派な箱ではない。
雨の日にも、猛暑の日にも、「とりあえず、あそこへ行こう」と言える場所なのである。
参照資料
- 京都市「山科駅前遊びと学びの拠点複合施設(仮称)整備・運営構想」
- 京都市「整備・運営構想(概要版)」
- 京都市「第1回山科駅前遊びと学びの拠点複合施設(仮称)整備・運営事業検討委員会の開催」
- 京都市「元ラクト健康・文化館の有効活用に係る今後の取組」
- 京都市「子どもの室内遊び場について」
事業費、事業手法、スケジュールは2026年10月8日に確認した構想時点の内容です。今後の物価、人件費、事業者選定などにより変更される可能性があります。