秋の夕方、中学校のグラウンドから笛の音が聞こえてきた。

私は学校の塀に腰掛け、丸い球を追い回す人間の子どもたちを眺めていた。あれほど走って何が愉快なのかは狸の身には分からないが、本人たちが楽しそうなら結構なことである。

ところが、この見慣れた放課後の景色が、2028年の夏を境に大きく変わる。

京都市立中学校の部活動は、2028年8月末で原則廃止。その翌月から、学校外の地域クラブである「京クラ」と、校内で行う「放活」へ移る予定だ。

部活動という古い毛皮を脱ぎ、新しい毛皮に着替えるわけである。

衣替えそのものに異論はない。教師の長時間労働をいつまでも善意で支えるわけにはいかず、学校外の指導者や施設を活用する考えにも筋は通っている。

ただし、その新しい毛皮代を誰が払うのか。

ここを曖昧にしたまま話を進めると、最後に尻尾を踏まれるのは保護者と子どもである。

2028年9月、部活動は「京クラ」と「放活」に分かれる

現在の小学6年生は、2027年4月に中学校へ入学する。

その時点では従来の部活動へ参加できるが、中学2年生の夏を終えた2028年9月から、京クラと放活へ移ることになる。

現在の小学5年生なら、中学1年生の夏で部活動が終わる計算だ。

京都市の説明を整理すると、二つの活動は似ているようで、腹の中身がかなり違う。

京クラ 放活
運営 地域・民間団体など 学校
管理 学校管理外 学校管理内
活動場所 学校、市施設、民間施設など 在籍する中学校
指導 地域団体、民間指導者、大学生、希望する教職員など 生徒主体、学校が支援
費用 原則本人負担 原則無料、用具などは実費
活動内容 スポーツ・文化芸術活動 校内での自主的な活動
大会参加・技術向上 主にこちらが担う想定 本格的な競技活動とは異なる

京クラは、従来の部活動に近いスポーツ・文化活動を学校の外へ移す仕組みだ。一方の放活は、平日の完全下校時刻である午後5時まで、校内に活動場所や居場所を設けるものとされている。

つまり、放活があるから部活動と同じ環境が無料で残る、という話ではない。

本格的に競技や演奏を続けたい子どもは、参加費を払って京クラへ行くことになる可能性が高い。無料の道と有料の道を用意して「好きな方を選びなさい」と言っても、二つの道が同じ場所へ続いているとは限らないのである。

京クラの参加費は月1,000円から3,000円が目安

京都市の実施計画では、京クラの参加費は本人負担とされている。

国が示した目安は、休日に週1回、月4回ほど活動する場合で、月額1,000円から3,000円程度。地域や活動回数、競技種目によっては、月数百円や4,000円程度になる場合もある。最終的な金額は、それぞれの運営団体が決める。

月額だけ眺めれば、それほど大きな金額には見えない。

しかし、人間の財布というものは、月額表示にすると急に警戒心を失う。狸が「木の実一個だけ」と言って蔵へ入り、気がつけば籠を空にするのと同じである。

月1,000円なら年間1万2,000円。月3,000円なら年間3万6,000円。きょうだい二人が参加すれば、参加費だけで年間2万4,000円から7万2,000円になる。

しかも、これは休日に月4回活動する場合の目安にすぎない。

平日の活動、用具、ユニフォーム、楽器、保険、大会参加費、会場までの交通費が加われば、家計負担はさらに膨らむ。種目によっては、狸が電卓を叩いている間に桁が一つ増えても不思議ではない。

京都市は「可能な限り低廉な金額」を認定条件にする方針だ。

だが、「低廉」という言葉は便利である。月3,000円が安い家庭もあれば、兄弟分を合わせれば参加を諦める家庭もある。

市が示すべきなのは形容詞ではなく、上限額と減免制度だ。

15地域に分ければ、本当に近くなるのか

京都市は市内を15地域に分け、主な種目について、活動場所や活動内容をバランスよく配置する方針を示している。

活動場所としては、市立中学校のグラウンドや体育館、京都市の施設、民間施設などが想定されている。

十五に分ける、と聞けば細かそうに思える。

しかし、京都市は北山の向こうから伏見の南まで、細長く広がる町である。同じ地域内だから近いとは限らない。山科の狸に西京の竹林まで通えと言われれば、私は途中で昼寝を始める。

現在の部活動なら、授業が終わればそのまま校内で活動できる。京クラでは、子どもが別の学校や市施設へ移動する可能性がある。

そこで発生するのが、交通費と送迎である。

バスや地下鉄で通えるのか。自転車移動は認められるのか。夜間の帰宅は誰が見守るのか。公共交通の少ない地域では、保護者の自動車送迎が事実上の参加条件にならないか。

京都市の実施計画でも、「参加する生徒の移動手段に関する安全対策」は、まだ今後の検討事項に置かれている。

移動の設計が決まる前に、制度の開始時期だけが先に決まっている。

これは少々、船着き場を決めずに舟を出すような話である。

教師の負担は、家庭へ引っ越すだけではないか

部活動改革の大きな目的の一つは、教師の負担軽減だ。

授業や学級運営を担う教師が、休日まで部活動を指導する現在の仕組みは、長く続けられるものではない。学校外の指導者へ役割を移す方向そのものは合理的である。

しかし、教師の負担を減らした結果、保護者に次の負担が移るだけなら、改革とは言いにくい。

  • 毎月の参加費
  • 活動場所までの送迎
  • 夜間の帰宅確認
  • 運営団体との連絡
  • 用具や保険の追加費用
  • 指導者や活動内容が合わなかった場合のクラブ探し

荷物を学校の机から家庭の玄関へ移して、「軽くなりました」と言われても困る。

市全体では負担が減ったように見えても、家庭ごとに細かく分配されただけかもしれない。行政改革では、この手の荷物隠しが時折起こる。狸の腹なら隠せても、家計簿ではそうはいかない。

京都市は、京クラを運営する団体への補助、保護者負担の軽減、指導者確保、移動時の安全対策を2026年度から2027年度にかけて検討するとしている。

裏返せば、現時点では肝心の負担軽減策がまだ確定していない。

最大の問題は「体験格差」である

私が最も気になるのは、部活動へ参加できるかどうかが、家庭の所得や送迎能力で決まることだ。

月々の参加費を払える。活動場所まで送り迎えできる。専用用具を買える。帰宅が遅くなっても迎えに行ける。

こうした条件を満たす家庭の子どもだけが、本格的なスポーツや文化活動を続けられるなら、公立中学校の部活動が担ってきた「誰でも参加できる入口」は狭くなる。

京クラには、学校単位では選べなかった種目へ参加できる利点もある。専門的な指導を受けられ、学校を越えて仲間を作れる可能性もある。これは確かに面白い。

だが、選択肢が増えることと、誰もが選択できることは別の話だ。

目の前に十種類の団子を並べても、財布に一文もなければ選択肢はゼロである。

京都市が本当に「家庭の経済状況にかかわらず活動機会を保障する」と言うなら、少なくとも次の数字を制度開始前に公表すべきだ。

  1. 種目ごとの参加費上限
  2. 低所得世帯への減免額と対象基準
  3. 用具・保険・交通費を含む年間負担額
  4. 各地域で参加できる種目数
  5. 自宅から活動場所までの平均移動時間
  6. 指導者一人当たりの生徒数
  7. 参加希望者のうち、実際に参加できた割合
  8. 退会理由と事故・トラブル件数

参加団体の数だけ数えて「整備できた」とするのでは足りない。

見るべきは、子どもが参加できたか、家庭負担はいくらだったか、地域による差が生まれなかったかである。

京クラを成功させる鍵は、市の財布の出し方だ

京クラは、部活動を民間へ放り投げるだけの制度にしてはいけない。

運営団体へ一定の基準を課し、安全性を確認し、指導者を育てる。そのうえで、所得に応じた参加費減免や交通支援へ公費を入れる必要がある。

学校施設を無償または低額で使えるようにすれば、団体側の会場費を抑えられる。用具を学校と京クラで共用できれば、家庭の購入負担も減らせる。公共交通で通いにくい地域には、複数校を回る送迎手段も検討できる。

つまり、京都市がどこまで財布を出すかで、京クラは「新しい公共活動」にも「有料の習い事」にもなる。

現在の計画では、参加費は原則本人負担。一方、保護者負担の軽減策はまだ検討中だ。

開始時期を決めた以上、市は遅くともクラブ募集が本格化する前に、負担軽減の仕組みを数字で示さねばならない。

「可能な限り安く頼みます」と団体へお願いするだけでは、制度設計とは呼べない。狸でも団子屋へ値切りに行くときは、もう少し具体的な金額を言う。

放課後の景色を、財布の厚さで分けないために

教師の負担を減らし、地域の力で多様な活動を支える。京クラが目指す方向には、十分な価値がある。

それでも、私は塀の上から首をかしげる。

参加費はいくらになるのか。遠い活動場所へ誰が連れていくのか。指導者が足りない地域はどうするのか。経済的に苦しい家庭への補助はいくらなのか。

制度の看板は立ったが、その下に書くべき料金表と路線図がまだない。

京都市に必要なのは、京クラの立派な理念を繰り返すことではない。家庭が実際に負担する金額と時間を試算し、それをどこまで公費で軽くするかを明らかにすることだ。

2028年の秋、中学校のグラウンドが静かになったとき、活動できる子どもまで減っていては何にもならない。

放課後の景色を、親の財布の厚さで分けてはいけない。

私としては、子どもたちが球を追いかける横で、安心して居眠りできればそれでよい。そのささやかな景色を守るためにも、市には先に数字を出してもらおうではないか。

主な参照資料