私の住んでいる町内でも、空き家が年々増えている。
去年まで玄関先に植木鉢が並んでいた家から人の気配が消え、雨戸は閉じたままになった。別の家では、郵便受けだけが律儀に働き続けている。夜に歩けば、灯りのつかない窓が一つ、また一つと増えているのが分かる。
町内の人間が一人減れば、回覧板の行き先が一つ減る。掃除当番を回す相手が減る。祭りや防災訓練に出てくる顔も減る。
我々狸なら、空いた家を見つければ宴会場にするところだが、人間の家は登記や相続や修繕費という結界に守られている。そう簡単には住みつけない。
京都市全体では、2023年の空き家は約10万5,300戸、空き家率は12.5%。およそ8軒に1軒である。
八軒長屋を見つけたら、そのうち一軒には誰も住んでいない勘定になる。
そこで京都市が持ち出したのが、俗にいう「空き家税」である。正式名称は非居住住宅利活用促進税。名前だけで町内を一周できそうに長い。
今回は、この税札が誰の家に貼られ、いくらになり、本当に閉じた雨戸を開けられるのかを勘定してみたい。
空き家を罰する税ではない
この税の目的は、空き家の持ち主を懲らしめることではない。
誰も住んでいない住宅を、売る、貸す、住む、事業に使う。いずれかの方向へ動かし、住宅の供給、地域の安全、コミュニティの維持につなげることである。税収も空き家の活用支援に使うとしている。
つまり、家を持っていることへの罰金ではなく、使わないまま置いておく状態に費用を乗せる制度だ。
ここは筋がよい。
空き家が動かない理由の一つは、何もしなくても毎年をやり過ごせることにある。売るにも貸すにも片付け、修繕、相続人同士の相談が要る。先送りは簡単で、活用は面倒だ。
ならば「何もしない」方にも毎年費用がかかるようにし、天秤を少し傾ける。
人間は理念では動かないことがあるが、納税通知書には比較的よく反応する。狸も請求書を見ると、すぐ木の葉に化けたくなる。
誰も住んでいなければ、すべて課税されるのか
答えは、そうではない。
対象になるのは、京都市の市街化区域内にあり、生活の本拠として使う人がいない住宅である。住民票だけで決めるのではなく、実際に暮らしているかで判定する。
一方、次のような住宅は対象外または免除・猶予になり得る。
- 現に事業へ使っている、または1年以内に使う予定がある
- 賃貸や売却の募集を始めてから1年以内である
- 景観上・歴史上重要な建物として定められたもの
- 転勤、入院、介護、DV避難、改修工事などで一時的に住んでいない
- 所有者や居住者の死亡により空き家になり、3年間の徴収猶予を受ける
- 家屋の固定資産評価額が免税点未満である
制度開始後5年間は、家屋の固定資産評価額が100万円未満なら課税されない。その後の免税点は30万円である。
また、「売るつもりです」と心で唱えるだけでは免除されない。一般向けに募集し、実際に動かしていることが必要だ。親族だけを相手にした名ばかりの募集や、借り手が現れないよう不自然な条件を付けた募集は認められない。
この設計から分かるのは、市が狙っているのは空き家そのものではなく、活用する意思のない非居住住宅だということだ。
税額は、固定資産税の半分ほどが目安
税額は一律ではない。
家屋の価値にかかる「家屋価値割」と、土地の価値と床面積に応じる「立地床面積割」の合計で決まる。
| 区分 | 税率 |
|---|---|
| 家屋価値割 | 家屋の固定資産評価額の0.7% |
| 立地床面積割・家屋評価700万円未満 | 0.15% |
| 立地床面積割・700万円以上900万円未満 | 0.3% |
| 立地床面積割・900万円以上 | 0.6% |
京都市は、平均的な税額を土地と家屋の固定資産税額の半分程度と説明している。
中心部の便利な場所で、評価の高い家を空けておくほど負担が大きくなる。住宅需要の高い場所にある家を市場へ出してもらうという目的には合っている。
ただし、税額は固定資産評価と床面積で変わる。隣の家がいくらだったから自分も同じ、とはならない。所有者は固定資産税・都市計画税の課税明細書を用意し、京都市の試算シートで確認する必要がある。
始まるのは2030年度。税札を配るにも大きな機械が要る
課税開始は、2030年度(令和12年度)。これが現在の予定である。
当初予定から1年延期された。理由はシステム開発の影響だという。
「誰も住んでいない家なら、市役所が見れば分かる」と思いたくなる。だが実際には、固定資産の情報、住民登録、生活実態、相続、賃貸・売却の募集状況、免除や猶予の申告を突き合わせる必要がある。
空き家を数えるために、市役所の中では巨大な帳簿が動く。
制度設計時の見込みでは、税収は初年度約8.6億円、平年度約9.5億円。一方、徴税費用は初年度約6億円、平年度約2億円とされた。
初年度は、入ってくる8.6億円に対して6億円を徴税に使う計算である。なかなか立派な食欲だ。
もちろん、開始前には所有者や利用状況を正しく把握する必要があり、初期費用だけを見て無駄とは言えない。平年度なら税収9.5億円に対して徴税費用2億円で、残りを施策へ回せる。
それでも、以前の「五千円が空から降ってきたので、勘定してみた」と同じ問いは残る。
仕組みを動かす費用に対して、市民へ届く効果はいくら残るのか。
システムが完成した、納税通知書を送った、税収が入った。それだけでは、空き家政策の成功とはいえない。
税金だけで、閉じた雨戸は開かない
私は、この税の方向性には賛成である。
住む人のない住宅が増え続ける一方、京都に住みたい人が家を見つけられない。使わない住宅を抱えることに相応の負担を求め、活用へ押し出すのは合理的だ。
ただし、税金は背中を押せても、絡まった事情までは解けない。
空き家には、相続人が複数いる。家財が残っている。修繕費が高い。接道条件が厳しい。貸した後の管理が不安である。売りたくても価格が折り合わない。所有者が遠方に住み、相談先すら分からない。
こうした家に納税通知書だけを届けても、雨戸は開かない。
必要なのは、税と同時に出口を用意することだ。
- 所有者と購入・賃借希望者をつなぐ
- 家財整理、登記、相続、改修を一つの窓口で支援する
- 子育て世帯や若者が借りられる住宅へ転換する
- 危険な空き家は除却し、跡地を地域で使う
- 町家など残す価値のある建物は、改修費と活用者を結びつける
税収をこうした支援へ戻して初めて、「取る制度」が「動かす制度」になる。
八軒に一軒でも、町内では一軒ずつ増える
京都市の空き家約10万5,300戸という数字は大きすぎて、かえって実感がない。
しかし町内では、一軒ずつ増える。
あの家のおばあさんを最近見ない。植木が伸びた。郵便受けが詰まった。夜になっても灯りがつかない。数字になる前に、近所の人は変化を知っている。
空き家が一軒できたからといって、翌日に町が壊れるわけではない。だが、人の目が減り、手入れが止まり、次の住み手が現れないまま数年が過ぎると、地域は少しずつ薄くなる。
私の住む町内でも空き家が年々増えているから、この税を遠い市政の話だとは思えない。
2030年度まで待っている間にも、空き家は増える。課税開始の準備と並行して、町内単位で所有者への働きかけや相談支援を進めるべきだ。
京都市に公表してほしい五つの数字
制度が始まったら、税収だけでなく、少なくとも次の数字を毎年公表してほしい。
- 課税をきっかけに、売却・賃貸・居住・事業利用へ移った住宅数
- 課税対象、免除、減免、徴収猶予となった住宅数
- 税収、徴税費用、空き家活用支援に使った金額
- 空き家率と、市場に流通していない空き家の町別・学区別の変化
- 活用された住宅に、どのような世帯が住み始めたか
税収が予想より多ければ成功、ではない。
税収が減っても、それが空き家の活用によるものなら成功である。むしろこの税は、よく効くほど課税対象が減り、最後には自分の仕事を失うべき税だ。
税収を増やし続ける税と、税収を消滅させることを目指す税。人間の帳簿には、時々こういう面白い生き物が現れる。
税札より先に、灯りが戻ってほしい
京都市の空き家税は、放置するより活用した方がよい、と所有者の天秤を傾ける。狙いには賛成する。
しかし、天秤を傾けただけでは家は動かない。
相続を整理する人、改修を支える人、借り手を探す人、地域との間をつなぐ人が必要だ。税と支援が一組にならなければ、納税通知書だけが毎年きちんと届き、家は相変わらず眠り続ける。
我が町内の暗い窓にも、いつか新しい灯りがついてほしい。
子どもの声でもよい。仕事場の明かりでもよい。夜ごと狸が集まる怪しげな宴会場でも、誰もいないよりは――いや、それは町内会に叱られるので、ほどほどにしておこう。
空き家に税札が貼られた数ではなく、閉じた雨戸が何枚開いたか。
この制度の成否は、そこで測るべきである。