観光客を叱っても、バス停の列は短くならない。
これはまあ、当たり前のことである。
「混んでおりますので、地下鉄も御利用ください」と上品に言ったところで、目の前に清水寺行きらしきバスが来れば、人間はそれに乗る。旅行中の人間というものは、だいたい目の前の分かりやすさに従う。地図よりも列。案内よりも雰囲気。理屈よりもスマホの矢印である。
そこで京都市交通局が、少し面白い手を打っている。
観光特急バスと地下鉄・バス1日券の利用を促すため、YouTubeやMetaなどの動画広告、京都駅周辺の観光客向けデジタル広告、専用ランディングページを使って、「旅マエ」と「旅ナカ」の両方で情報発信するというのである。
名付けて「かしこ旅」。
京都をよく知るローカルフレンドのような存在として、オリジナルキャラクター「かしこ」を登場させ、観光客に賢い移動方法を伝えるらしい。
なるほど。
役所も、ついにバス停で説教するのをやめ、スマホの中へ狸を放ったわけである。
いや、狸とは言っていない。そこは言っていない。こちらが勝手に、そう見ているだけである。
何が始まったのか
京都市交通局の発表によれば、今回の情報発信は、観光特急バスの認知度向上と、地下鉄・バス1日券の販売強化を目的としている。
期間は、令和8年10月9日から12月13日まで。
動画広告は、京都旅行に関心がある国内外の観光客へ配信する。配信地域は、国内に加えて、アメリカ、イギリス、オーストラリア、韓国、台湾。
さらに、京都駅周辺の観光客に対して、GoogleやMetaのカルーセル広告で移動情報を出す。動画広告を見た人に、京都へ着いてからもう一度、観光特急バスと地下鉄・バス1日券を思い出してもらう設計である。
そして、広告を見た人が迷わず情報を確認できるよう、専用ランディングページも用意する。
要するに、旅の前に刷り込み、京都駅で背中を押し、最後にページで受け止める。
これは、なかなか現代的である。
かつての観光案内は、駅に着いてから紙の地図を広げるものだった。今は違う。人間は京都に来る前から、すでにスマホの中で京都に入っている。
清水寺、祇園、嵐山、伏見稲荷。
その名前を検索し、動画を見て、行き方を調べ、保存し、当日はスマホの画面を片手に歩く。
ならば、市の側も、バス停で待ち構えるだけでは遅い。
観光客が京都に来る前から、移動の選択肢そのものを少し曲げておく必要がある。
観光特急バスとは何者か
観光特急バスは、東山エリアの人気観光地に直行するバスである。
京都駅前から、五条坂、清水寺、清水道、祇園、岡崎公園、美術館・平安神宮前、銀閣寺前などを結ぶEX100。京都駅前から五条坂へ向かうEX101。
運賃は大人500円、小児250円。
通常の市バスとは異なる運賃で、土日祝日に運行している。現金や交通系ICカードのほか、地下鉄・バス1日券でも利用できる。一方で、定期券、回数券、敬老乗車証、福祉乗車証は使えない。
ここが肝である。
観光客が多く乗るルートを、日常の市バスと少し分ける。
市民が通勤や通学、買い物や通院で使う路線に、観光の大波がそのまま押し寄せないようにする。
つまり、観光特急バスは単なる便利バスではない。
市民生活と観光利用を分けるための、交通政策上の仕切りである。
仕切りと言っても、柵を立てるわけではない。怒鳴るわけでもない。乗るなと言うわけでもない。
こちらの方が分かりやすいですよ。
こちらの方が早いですよ。
こちらなら観光地へ直行できますよ。
そう言って、人の流れを少しずつ別の水路へ流す。
京都の町は、川と疏水と路地の町である。水も人も、詰まれば濁る。流れを作れば、少し澄む。
地下鉄・バス1日券は、なぜ重要なのか
もう一つの柱が、地下鉄・バス1日券である。
大人1,100円、小児550円。
地下鉄・市バス全線に加え、一部を除く京都バス、京阪バス、西日本ジェイアールバスも使える。市内約50か所の施設で割引などの優待も受けられる。
観光特急バスでも使える。
これを売りたい理由は、分かりやすい。
観光客をバスだけに乗せるのではなく、地下鉄も含めた移動に誘導したいからである。
京都観光の厄介なところは、有名観光地の多くが、鉄道駅から微妙に遠いことである。
だから人はバスに乗る。
バスに乗る人が増える。
市民のバスも遅れる。
バス停に列が伸びる。
そこへ大きな荷物が加わる。
車内では、人間とスーツケースと観光パンフレットが、すべて同じ重力に揉まれる。
なかなか大変な眺めである。
地下鉄を組み合わせれば、全ては解決しないまでも、少なくとも人の流れは分散する。
京都駅から地下鉄に乗る。東山方面へ行く前に別の駅へ逃がす。あるいは、バスだけに頼らないルートを選ばせる。
この「選ばせる」が大事である。
行政は、人間を完全には動かせない。
だが、人間が選びたくなるように道具を置くことはできる。
今回の本質は「広告費」ではなく「設計費」である
ここで、いつもの市民の目線で少し意地悪を言いたくなる。
広告を打てば、混雑は本当に減るのか。
YouTubeに動画を流し、Metaに広告を出し、京都駅周辺でデジタル広告を出して、それで市バスの混雑がましになるのか。
これは当然の疑問である。
ただ、今回の施策を単なる宣伝と見ると、少し見誤る。
本質は広告ではない。
行動設計である。
人間は、知らないものを選ばない。
観光特急バスが存在していても、観光客が知らなければ乗らない。地下鉄・バス1日券が便利でも、買うタイミングと使い方が分からなければ買わない。
つまり、市が整備した制度は、知ってもらって初めて制度になる。
知られていない制度は、ただの紙とページである。
たぬきがいくら立派な抜け道を知っていても、人間がその道を選ばなければ意味がない。人間は、美しい道より、目の前の混んだ道を選ぶことがある。なぜなら、そこに人が並んでいるからである。
列は、ときどき案内板より強い。
だからこそ、列に並ぶ前に、別の選択肢を見せる。
京都駅に着く前に見せる。
京都駅に着いた瞬間にもう一度見せる。
ここまでやって、初めて人の流れは少し変わる。
市民にとって何が得なのか
市民にとっての得は、観光客が便利になることではない。
市民のバスが、少しでも日常の乗り物に戻ることである。
もちろん、観光都市としての京都にとって、観光客の移動体験は大切である。迷って疲れて怒って帰る観光客を増やしても、誰も得をしない。
しかし、市民から見れば、問題はもう少し切実である。
通勤に使う。
通学に使う。
病院に行く。
子どもを連れて移動する。
買い物帰りに乗る。
その足が観光の波に飲まれると、町で暮らす人の毎日が少しずつ削られる。
観光は華やかである。
だが、市民生活は地味である。
そして、町を支えているのは、だいたい地味な方である。
観光特急バスの広告が本当に効くなら、それは観光客向けのサービスであると同時に、市民の生活時間を守る施策でもある。
ここを見落としてはいけない。
成功条件は三つある
この施策がうまくいくかどうかは、三つで決まる。
第一に、広告を見た観光客が本当に理解できること。
「観光特急バス」という言葉だけでは、初めて京都に来る人には少し分かりにくい。どこへ行けるのか。普通のバスと何が違うのか。500円を払う価値があるのか。地下鉄・バス1日券で乗れるのか。
ここが一瞬で分からなければ、人はいつものバスに乗る。
第二に、京都駅で迷わないこと。
デジタル広告で心が動いても、現地で乗り場が分からなければ終わりである。
スマホの中の誘導と、駅前の実際の案内がつながっていなければならない。
広告は入口であり、現地導線が出口である。
入口だけ立派でも、出口が藪なら人は迷う。
第三に、市民利用の混雑緩和を数字で示すこと。
広告を配信しました。
ランディングページを作りました。
キャラクターを出しました。
それだけでは、市民は納得しない。
観光特急バスの利用者がどれだけ増えたのか。
地下鉄・バス1日券の販売がどれだけ伸びたのか。
混雑する一般路線の乗車状況に変化があったのか。
京都駅周辺のバス停の列は短くなったのか。
ここまで見せてほしい。
政策は、雰囲気で終わらせると、すぐに狐火になる。
いや、京都なら狸火かもしれない。
有頂天市民としての見立て
今回の「かしこ旅」は、かなり筋が良い。
なぜなら、観光客を悪者にしていないからである。
京都の観光問題は、つい「観光客が多すぎる」という言い方になりがちである。もちろん、多すぎる。そこは否定しない。四条通も、清水道も、嵐山も、人間が湧いてくるように混む。
だが、観光客は、悪意を持って市バスを混ませているわけではない。
知らない町で、分かりやすい移動手段を選んでいるだけである。
ならば、叱るより先に、分かりやすい別ルートを用意する。
そして、その別ルートを、旅の前と旅の途中でしつこく、しかし柔らかく見せる。
これは、行政の仕事としてかなり正しい。
ただし、注文もある。
見られたかどうかではなく、動いたかどうか。
観光客が本当に観光特急バスへ移ったのか。
地下鉄へ流れたのか。
市民のバスが少しでも楽になったのか。
そこまで見て、初めて「かしこ旅」は賢かったと言える。
賢い旅とは、観光客だけが得をする旅ではない。
住む人も、旅する人も、同じ町の中で少しずつ機嫌よくいられる旅である。
混んだバスの中で、誰かのリュックに鼻を押しつけられながら、そんな綺麗ごとを言うのは難しい。
だからこそ、混む前に手を打つ。
列が伸びる前に、道を見せる。
人間が迷う前に、たぬきが指をさす。
今回の施策は、そこに賭けている。
さて、その指の先に、本当に空いた道があるのか。
秋の京都で、見てみようではないか。