京都には、二つの財布がある。
ひとつは京都府の財布。広い地図を広げて、丹後から山城までを眺め、「さて、この国をどう温めようか」と考える財布である。
もうひとつは京都市の財布。町内の電灯、バス、学校、福祉、道路、そして何やら増え続ける請求書を前に、「まず穴を塞がねばならぬ」と腕まくりする財布である。
どちらも京都で、どちらも税金で、どちらも役所の言葉では「予算」と呼ばれる。
だが、性格はずいぶん違う。
府は令和8年度6月補正予算で、322億4,900万円台を追加した。補正後の予算額は、1兆755億900万円台になる。たいそう大きな風呂敷である。
一方、京都市は令和8年度9月補正予算で、65億24百万円を計上した。こちらは大風呂敷というより、帳場でそろばんを弾いている音がする。
同じ京都でも、府は「わくわくする京都」と言い、市は「過去負債を返します」「基金へ積みます」と言う。
この違いは、なかなか面白い。
そして市民にとっては、案外大事である。
府は「未来へ張る」予算を出している
京都府の令和8年度6月補正予算は、知事3期目の肉付け予算として編成された。
京都府の広報では、「あたたかい京都」を土台に、「わくわくする京都」へ進むと説明されている。
役所の文章に出てくる「わくわく」という言葉は、たいてい少し気恥ずかしい。
しかし中身を見ると、方向は分かる。
大きい柱のひとつが、子育て環境である。
「子育て環境日本一・京都の深化」に70.9億円台。子育てと仕事の両立、女性の生きづらさやジェンダーギャップの解消、中学校段階の探究的な学び、府立高校の改革拠点づくりなどが並ぶ。
もうひとつは、産業と文化である。
「世界に輝く京都産業・文化の創造」に13.7億円台。伝統産業を次世代へつなぐビジョン、けいはんな学研都市の国際化、農林水産業の活性化、丹後天橋立ミュージアムを核にした地域振興などが入っている。
つまり府の予算は、京都全体をどう育てるかに重心がある。
子ども、若者、企業、地域産業、文化、農業、学研都市。
いささか盛りだくさんで、幕の内弁当のようでもある。だが、府という広域自治体は、そもそも幕の内弁当を作る役回りなのだろう。
京都市の町内だけを見ていては届かない範囲へ、網を投げる。
これは府の仕事である。
市は「過去を返し、備えを積む」予算を出している
では京都市はどうか。
京都市の令和8年度9月補正予算は、規模が65億24百万円である。
そのうち大きいのは、過去負債の返済25億円と、財政調整基金への積立27億円である。
ここでいう過去負債とは、公債償還基金を計画外に取り崩してきた分だ。京都市はかつて、一般会計の収支不足を埋めるため、借金返済用の基金に手をつけていた。
家計で言えば、住宅ローン返済用に置いていたお金を、日々の生活費へ回していたようなものである。
その残額を390億円から365億円へ減らす。
めでたい話だが、同時に「まだ365億円ある」という話でもある。
財政調整基金への積立27億円も、同じく地味だが大事である。
基金とは、災害、物価高、急な税収減のための備えだ。派手な建物は建たない。式典でテープカットもできない。
けれど、町の財布において、備えのない黒字ほど危ういものはない。
狸の宴会でも、徳利を全部空ける者は信用されない。翌朝の水と味噌汁の分くらいは残しておくのが、まともな帳場である。
市民生活には、細かい補修も入っている
もちろん、市の補正予算は返済と積立だけではない。
8月から始まったデジタル地域ポイント給付事業には、申請状況を踏まえて4億円が増額された。
中小企業デジタル化推進事業には2億4,400万円。ITツール導入や専門家を交えた検討を支援し、中小企業の生産性を上げるという。
京町家改修補助金には2億5,800万円。令和8年度当初予算で拡充した補助に、見込みを上回る申請があったため増額する。
南部クリーンセンター選別資源化施設の火災を受けた持込ごみ対応には9,500万円。クリーンセンター火災対策としては、令和8年度から10年度まで5億5,500万円の債務負担行為も設定されている。
校務用・指導者用端末の整備費は、令和8年度から13年度までの限度額が28億5,666万5千円から39億7,366万5千円へ、11億1,700万円増える。
こうして見ると、市の予算は生活に近い。
ポイント、町家、ごみ、学校端末、介護施設のICT、生活保護システム。
どれも、派手な夢ではない。
しかし、どれも止まると困る。
人間社会の行政というものは、夢を語るより先に、ごみを燃やし、学校の端末を更新し、風呂と家と道を何とかしなければならない。まことにご苦労なことである。
府と市を混ぜて怒ると、見誤る
市民として気をつけたいのは、府と市を混ぜて怒らないことである。
「京都は金がないと言っていたのに、府は1兆円を超える予算を組んでいるではないか」
「市は財政が厳しいと言いながら、ポイントを配るのか」
こうした疑問は自然に出る。
だが、府と市は同じ財布ではない。
京都府は広域行政として、府内全体の産業、教育、医療、地域振興を見ている。京都市は基礎自治体として、市民生活の現場に近いサービスを抱えている。
もちろん重なる領域はある。子育て、教育、産業、観光、防災は、府も市も関わる。
だからこそ、役割分担を見なければならない。
府が大きな旗を掲げ、市が現場で汗をかく。
この形がうまく噛み合えば、京都は強い。
逆に、府が夢を語るだけ、市が修繕に追われるだけなら、市民の暮らしはあまり変わらない。
「わくわくする京都」と言われても、町内の空き家が増え、バスが不便で、子育ての居場所が足りなければ、わくわくは畳の上でしぼんでしまう。
予算から見える二つの京都
今回の予算を一言で言えば、こうである。
府は未来へ張っている。市は足元を直している。
府は、子育て、学び、産業、文化に投資しようとしている。
市は、過去負債を返し、基金を積み、生活インフラの不具合を直しながら、ポイントや町家改修のような市民向け施策を足している。
どちらが正しいという話ではない。
むしろ、どちらも必要である。
問題は、二つの財布が同じ方向を向いているかだ。
たとえば、府が子育て環境に70.9億円台を張るなら、京都市の屋内遊び場、図書館、学校、交通、住宅政策とどうつながるのか。
府が産業と文化に投資するなら、京都市の中小企業デジタル化、京町家改修、観光マナー、宿泊税の使い道とどう噛み合うのか。
府が大きな地図を描き、市が町内の道を直す。
その間に橋がなければ、市民から見えるのは「いろいろやっているらしい」という霧だけである。
有頂天市民として見るべき数字
では、我々市民は何を見るべきか。
分厚い予算書を全部読む必要はない。まずは次の四つでよい。
| 見るもの | 京都府 | 京都市 |
|---|---|---|
| 今回の補正規模 | 322億4,900万円台 | 65億24百万円 |
| 主な性格 | 子育て・産業・文化への投資 | 返済・積立・生活施策 |
| 目立つ数字 | 子育て環境70.9億円台 | 過去負債返済25億円、基金積立27億円 |
| 市民目線の問い | 府の投資は市内生活に届くか | 市の立て直しは未来投資を妨げないか |
この表だけでも、ずいぶん見通しがよくなる。
府の予算を見るときは、「大きな旗が、実際の町に届くか」を見る。
市の予算を見るときは、「財布を締めながら、必要な投資を削りすぎていないか」を見る。
この二つを分けて考えると、役所の言葉に振り回されにくい。
結論。京都は夢だけでも、節約だけでも足りない
私は、今回の府と市の予算の並びを見て、京都の現在地がよく出ていると思う。
府は、広域の未来を語らなければならない。
市は、過去の穴を塞ぎながら、今日の暮らしを回さなければならない。
府が夢を語り、市が財布を締める。
これは悪い構図ではない。
ただし、夢を語る者は、町内の実感から逃げてはいけない。
財布を締める者は、未来への投資まで渋ってはいけない。
京都は、古いものを守るだけでも、新しいものを飾るだけでも、生き延びられない都市である。
観光客が歩く石畳の横で、子どもが育ち、高齢者が暮らし、商店が続き、空き家が増えすぎず、バスが動き、学校の端末が動き、ごみがちゃんと処理される。
その退屈で面倒な現実の上にだけ、「わくわく」は乗る。
狸としては、府の大きな夢も嫌いではない。
市の地味な返済と積立も、なかなか偉いと思う。
だが、最後に見るべきは一つである。
府の夢と市の帳場が、市民の暮らしの同じ場所で出会っているか。
そこが噛み合えば、京都はまだ面白くなる。
噛み合わなければ、予算書だけが太り、市民の暮らしは腹八分にも届かない。
次に予算のニュースを見たときは、金額の大小だけでなく、どの財布から出て、どの暮らしへ届くのかを見たい。
京都の政治は、そこから少しだけ見通しがよくなる。
参照資料
数字は2026年10月9日に確認した公表情報に基づきます。今後の議会審議、事業執行、物価や人件費の変動により、実際の支出や事業内容は変わる可能性があります。