京都市は、財政危機を脱したらしい。
めでたい。実にめでたい。
四条河原町あたりで狸が徳利を掲げ、市役所の屋上では赤字の帳簿が紙吹雪になり、地下鉄東西線も心なしか軽快に走っている――という光景を想像したくなる。
だが、宴会の前には勘定書きを見るのが京都の作法である。
つい数年前まで「財政再生団体への転落の危機」と言っていた都市が、なぜ短期間で黒字になったのか。そして、その黒字は「もう安心」という意味なのか。
今回は、京都市の財布をもう一度ひっくり返してみたい。
まず、何から脱したのか
2020年12月、京都市は、このまま改革しなければ財政再生団体に転落しかねないと発表した。
財政再生団体とは、自治体の財政が自力では立て直せないほど悪化し、国の管理下で厳しい再建を進める状態である。行政サービスの縮小や負担増が一気に進む可能性がある。市民にとって、決して遠い役所用語ではない。
当時の京都市は、通常の収入だけでは支出を賄えず、借金返済のために積み立てていた公債償還基金を取り崩して帳尻を合わせていた。令和2年度には、この「特別の財源対策」を行う前の収支が172億円の赤字だった。
家計で言えば、毎月の給料では生活費が足りず、住宅ローン返済用の貯金を崩して暮らしているようなものである。
以前の記事「京都市はなぜ財政難なのか」でも見たとおり、原因は地下鉄だけではない。市民一人当たりの市税収入が他の大都市より少ないこと、社会福祉関連経費が増え続けること、歴史都市ゆえの行政需要など、複数の構造問題が重なっていた。
ところが、二年で黒字になった
ところが京都市は、令和4年度決算で特別の財源対策から脱却し、77億円の黒字を計上した。
令和5年度も黒字。そして令和6年度は58億円の黒字となり、特別の財源対策なしで3年連続の黒字になった。市税収入は過去最高を更新し、実質市債残高も4年連続で減少した。
十年以上かかるとされていた収支均衡を、わずか二年で達成したのである。
狸ならば、ここで徳利の栓を抜く。
しかし、あまりに早い回復を見れば、「改革が大成功した」と喜ぶ前に、何が変わったのかを分けて考えたくなる。
黒字化には、努力と追い風の両方があった
京都市は、財政改善の理由として、大きく「収入の確保」と「支出の見直し」を挙げている。
収入面では、懸念されていたほど市税収入が落ち込まなかった。観光客の回復によって宿泊税も戻り、地方交付税も必要額を確保した。ふるさと納税も伸びた。
支出面では、職員数や人件費の削減、業務の効率化、独自施策の見直しが行われた。京都市によれば、2021年度と2022年度の二年間だけで、人件費を51億円削減したという。
つまり、黒字化は改革だけの成果でもなければ、国から金が降ってきただけでもない。
市役所が支出を絞った。市税が想定より入った。地方交付税を確保できた。観光が戻った。それらが同時に効いたのである。
ここを混同すると、次の見通しを誤る。
人件費や事業の見直しは、京都市自身の努力として残る。一方、市税、地方交付税、物価、観光需要は、市役所だけでは制御できない。追い風がやめば、船足は再び鈍る。
「今年は黒字」と「財布が丈夫」は別の話である
財政を見るときには、毎年の収支であるフローと、借金や基金の残高であるストックを分ける必要がある。
令和6年度の一般会計が58億円の黒字だったことは、フローの改善である。これは間違いなく良い知らせだ。
一方、国が返済に責任を持つ臨時財政対策債を除いた京都市の実質市債残高は、令和6年度末で7,878億円ある。四年連続で減少しているとはいえ、消えてなくなったわけではない。
財政調整基金は185億円まで積み上がった。こちらも改善である。しかし、一般会計の規模や、災害・物価高・施設更新といった将来の支出を考えれば、無限に余裕がある金額ではない。
整理すると、現在地はこうなる。
| 見る数字 | 状況 | 読み方 |
|---|---|---|
| 特別の財源対策前の収支 | 3年連続黒字 | 毎年の家計は改善 |
| 令和6年度の黒字 | 58億円 | 単年度では健全 |
| 実質市債残高 | 7,878億円 | 減少中だが大きい |
| 財政調整基金 | 185億円 | 備えは回復途上 |
黒字化は「出血が止まった」に近い。体力が完全に戻った、という話ではないのである。
地下鉄は黒字でも、二千八百億円を背負っている
一般会計だけ見ていると、京都市という家の離れで暮らす市バスや地下鉄を忘れそうになる。
令和8年度予算では、市バスが9億円の経常赤字、地下鉄が9億円の経常黒字を見込む。二つ合わせれば、きれいに収支均衡である。
だが地下鉄には、なお約2,800億円の企業債残高がある。利用者が戻り、黒字を出せるようになったことは大きいが、人件費や燃料費、設備更新費は上がっている。
市バスと地下鉄を足してゼロになったからといって、問題までゼロになったわけではない。
交通、水道、下水道などの公営企業は、市民生活を止めないために投資を続けなければならない。黒字だから更新を先送りしてよいわけでも、赤字だから運転をやめてよいわけでもない。ここが普通の会社の決算とは違うところである。
京都市自身も「まだ余裕がない」と言っている
興味深いのは、京都市の最新の財政説明にも、「なぜ、まだ余裕がないの?」という問いが用意されていることだ。
危機を回避した市役所自身が、宴会の開始を認めていない。
その理由は分かりやすい。
- 社会福祉関連経費は、高齢化などによって増えやすい
- 人件費、資材費、光熱費は上昇している
- 学校、道路、上下水道などの老朽化対策が必要になる
- 市税収入や地方交付税には景気や国の制度変更が影響する
- 市バス・地下鉄などには多額の債務と更新需要が残る
これらは、一度の事業見直しでは消えない。
京都市の財政危機は、突然現れた妖怪ではなかった。歳入が伸びにくい一方で、固定的な支出が増え、足りない分を基金で埋める状態が長く続いた結果である。
ならば、危機を本当に脱したかどうかも、一年の黒字ではなく、構造が変わったかで判断しなければならない。
市民が毎年見るべき五つの数字
京都市の財政を追うなら、分厚い予算書を最初から最後まで読む必要はない。まず、次の五つを見ればよい。
特別の財源対策を行う前の収支
貯金の取崩しなどで見かけを整える前に、通常の収入と支出が釣り合っているか。実質市債残高
借金が増えているか、減っているか。将来世代への負担がどう動いているか。公債償還基金の過去負債
以前に借金返済用の基金から取り崩した分を、計画どおり戻せているか。財政調整基金残高
不況、災害、物価高などに耐えるための備えがあるか。市税収入と固定的経費の伸び
税収が増えても、福祉費や人件費などがそれ以上に増えていないか。
この五つを並べれば、「黒字」という一文字に踊らされにくくなる。
危機は去った。しかし、体質改善はまだ続く
では、京都市は財政危機を脱したのか。
答えは、ひとまず脱した。ただし、再び落ちない仕組みが完成したわけではない、だと思う。
特別の財源対策なしで三年連続黒字になり、市債残高も減っている。数年前より明らかに良くなった。この成果を無視して「京都市は今にも破綻する」と言い続けるのは、事実に反する。
一方で、7,878億円の実質市債残高、増え続ける行政需要、公共施設とインフラの更新、公営企業の債務は残っている。「黒字になったのだから、もう何でもできる」と考えるのもまた危うい。
危機の最中には、支出を削ることが正義になりやすい。危機を抜けた後には、未来への投資という名で財布の紐が緩みやすい。
本当に難しいのは、ここからである。
削るべきものは削り、市民生活に必要なものには使い、都市の稼ぐ力を高めながら、借金と備えも改善する。京都市が問われているのは、緊急避難の財政改革ではなく、平時の経営能力なのだろう。
というわけで、狸の宴会は中止しなくてよい。
ただし徳利を一本開けるたびに、帳場の狸が市債残高と基金残高を読み上げることにしよう。それなら我々も、安心して少しだけ有頂天になれる。