京都の秋は、観光客には紅葉の季節。こちら狸にとっては、落ち葉の下に何が隠れているかを確かめる季節である。
今年、落ち葉の下から出てきたのは、京都市立病院の経営問題だった。
病院というものは、病床が空いていると「もったいない」と言われ、満床になると「入れない」と言われる。人間社会は、空いていても困り、埋まっていても困るものを、たいそう立派な建物に詰め込んで運営している。
まず、赤字の数字を見る
京都市立病院機構の令和7年度決算では、収入が218.2億円、支出が233.3億円。純損益は15.7億円の赤字となり、負債が資産を上回る債務超過の状態になった。
京都市の評価委員会も、医療サービスや安全面はおおむね計画どおりと評価する一方、財務内容については「重大な改善すべき事項がある」と判定している。
つまり、医療の仕事そのものが全面的に失敗しているわけではない。
問題は、必要な医療を提供しながら、その費用をどう支えるかという、たいへん現実的な話である。
病床を減らす案が浮上している
10月16日、京都市の医療施設審議会では、「京都市立病院の在り方」に関する答申案が議論された。
京都民報は、病床を約4割削減し、診療科の再編も進める方針が示されていると報じている。
ここは大切なところなので、狸も慎重に申し上げたい。
現時点では、報道されている内容をそのまま「決定事項」と受け取る段階ではない。審議会の答申案であり、今後の正式な決定や具体的な実施計画を確認する必要がある。
ただし、病床削減が単なる数字の整理ではないことは確かだ。
病床が減れば、医師や看護師を重点配置しやすくなる。稼働率が上がり、経営が改善する可能性もある。赤字を抱えたまま機能を広げ続けるより、現実的な選択になる場合もある。
一方で、救急患者の受け入れ先、入院までの待ち時間、出産や子どもの医療、他院への搬送距離に影響する可能性がある。
病院の帳簿では「病床数マイナス」と書けても、市民の生活では「救急車の行き先が遠くなった」「入院できるまでの日数が伸びた」と現れるかもしれない。
数字は、姿を変えて暮らしの中へやってくる。
「赤字だから減らす」だけでは足りない
病床を減らすこと自体が悪いわけではない。
利用率が低い病床を維持すれば、その分だけ人件費や設備費がかかる。医療スタッフが不足しているなら、限られた人員を必要な診療へ集める判断も必要だ。
しかし、説明が「赤字だから削減します」で終わるなら、いささか乱暴である。
京都市が示すべきなのは、削減後の数字だ。
- 救急車の受け入れ件数は維持できるのか
- 入院までの平均待機時間はどう変わるのか
- 産科・小児科などの機能はどこで補うのか
- 他院へ移る患者の搬送距離や時間は増えないのか
- 市からの資金繰り支援は、削減後にどれだけ減るのか
このあたりを、病床数と同じくらい具体的に公表してもらいたい。
「経営改善しました。ただし、救急の待ち時間は分かりません」では、帳簿だけが元気になって、市民の安心が置いてけぼりになる。
市立病院は、黒字だけを目指す組織なのか
ここが、いちばん難しいところである。
市立病院は民間病院と同じように収益を上げる必要がある。一方で、感染症、救急、災害時の医療など、採算だけでは測れない役割も担っている。
採算の合わない機能を持つからこそ、市立病院であるとも言える。
ならば京都市は、市立病院にどの役割を残すのかを先に示すべきだろう。
「この医療は市が責任を持つ」 「この機能は他の病院と分担する」 「この機能は縮小するが、代替先を確保する」
この設計図があって初めて、病床削減は改革になる。
設計図のない削減は、ただの撤去作業である。狸が屋根の上から見ていても、その違いくらいは分かる。
市民が確認すべきは、病床数の前後である
今回の議論で、市民が注目すべきなのは「何床減るか」だけではない。
見るべきは、削減前と削減後で、次の数字がどう変わるかだ。
- 救急車の受け入れ件数
- 入院までの平均待機時間
- 病床稼働率
- 診療科ごとの患者数
- 市からの財政支援額
- 他院への紹介・搬送件数
この数字を毎年度公表すれば、市民は改革の成否を自分で確認できる。
逆に、病床数だけ減らして、医療へのアクセスや市の支援額を公表しないなら、「何を改善したのか」が分からない。
病院改革は、病床数を減らす競技ではない。
市民に必要な医療を、どの場所で、誰が、いくらで、どの程度の時間で提供するのか。その仕組みを組み替える仕事である。
財布を軽くして、医療まで軽くしないために
京都市立病院機構は、15.7億円の赤字と債務超過という厳しい経営状況にある。病床削減や診療科再編には、経営を立て直す狙いがある。
ただし、市民が受ける医療サービスへの影響は、まだ十分に見える形になっていない。
赤字を減らすことは必要だ。
しかし、赤字を減らした結果、救急の受け皿や入院の選択肢まで減ってしまえば、別の費用を市民が負担することになる。
病院の財布を軽くする話と、救急車の行き先を減らす話は、本当に同じ表に並べてよいのか。
京都市には、病床数の削減だけでなく、その先の医療体制を数字で示してもらいたい。
狸は病院のベッドで昼寝をしたいわけではない。必要なときに、必要な医療へたどり着ける町であってほしいだけである。
出典: