秋の京都は日暮れが早い。
私が夕方の町をうろついていると、デイサービスの送迎車が細い道を器用に曲がっていく。玄関では職員が腰をかがめ、年配の人に何やら声をかけている。あの人たちは、人間を運んでいるだけではない。薬の時間も、風呂の加減も、家族の心配も、まとめて背負って走っている。
ところが永田町の算盤では、その仕事の値段が少し安くなるかもしれないという。
京都市の介護報酬に使われる「地域区分」が、現在の10%から8%へ下がる可能性が出ているのだ。
二つ減るだけ、と言えば小さく聞こえる。
だが数字というものは、狸よりよほど化け上手である。
そもそも「地域区分」とは何者か
介護サービスの料金は、全国どこでも単純に「1単位10円」で計算されているわけではない。
人件費や賃金水準には地域差があるため、国は市町村ごとに地域区分を設け、1単位の単価を調整している。京都市は現在、上乗せ割合10%の地域だ。
もっとも、報酬全体をそのまま10%増やす仕組みではない。訪問介護、通所介護、施設サービスなど、それぞれのサービスに設定された人件費割合を掛けて単価を決める。
役所の制度は、一枚めくれば必ずもう一枚出てくる。油揚げなら歓迎するが、計算式となると腹は膨れない。
厚生労働省の資料によれば、地域区分は人件費の地域差を反映する仕組みで、地域別の区分とサービス別の人件費割合を組み合わせて1単位の単価を定めている。
10%から8%なら、収入が2%減るのか
ここは誤解しやすい。
10%から8%へ下がっても、介護事業所の売上が一律2%減るわけではない。地域区分が影響するのは、サービスごとに設定された人件費相当部分である。
現行の計算方法をそのまま使った概算では、1単位の価格は次のように変わる。
| 人件費割合 | 現在の10% | 8%になった場合 | 下落率 |
|---|---|---|---|
| 70% | 10.70円 | 10.56円 | 約1.3% |
| 55% | 10.55円 | 10.44円 | 約1.0% |
| 45% | 10.45円 | 10.36円 | 約0.9% |
これは他の加算や2027年度の報酬改定を含めない単純計算だが、制度の大きさを見る目安にはなる。
例えば、人件費割合70%のサービスで年間100万単位を請求する事業所なら、単純計算では年間約14万円の差になる。1事業所だけなら、狸がひっくり返るほどの金額には見えないかもしれない。
しかし、職員を何人も抱え、電気代も食材費も車両費も上がっている事業所にとっては、増えるはずだった収入ではなく、今ある収入が削られる話である。拠点が複数あれば差額も積み上がる。
夜勤を一回減らせば済む、という種類の商売でもない。相手は帳簿ではなく人間なのだ。
京都市会は「待った」をかけた
京都市会は2026年10月30日、国に対して、見直し前の地域区分を維持し、必要な財政措置を講じるよう求める意見書を提出した。
国家公務員の地域手当については、京都市域で10%から8%への引下げが進められている。介護報酬までこれに準拠して下がれば、職員の処遇改善に逆行し、人材流出やサービス低下につながりかねない、という主張である。
これはもっともな心配だ。
京都市の介護職員だけが、隣の地域より急に暇になったわけではない。京都の家賃や物価が、役所の都合に合わせて二割ほど腰を低くしてくれたわけでもない。
公務員給与の地域手当を物差しにして、介護現場の報酬まで測る。その物差しは、本当に現場の賃金、人手不足、物価を正しく測れているのか。
京都市会の意見書は、まさにそこへ疑問を投げている。
だが、8%への引下げはまだ決まっていない
ここが一番大事なところだ。
厚生労働省が2026年10月28日に示した案では、2027年度以降も、市町村が希望すれば従来の上乗せ割合を維持できる経過措置を設けるとしている。
経過措置は2029年度末までとし、2030年度以降については、次の介護報酬改定時に改めて市町村の意向を確認する案だ。国の資料には、市町村の意向を再確認してから新しい地域区分を設定すると明記されている。
つまり、今の段階で「京都市の介護報酬は8%へ下がる」と断定するのは早い。
京都市には、現行の10%維持を希望する余地がある。
市会が国へ意見書を送るだけでなく、京都市自身が経過措置をどう選択するのか。いつ意思決定し、事業者へどう説明するのか。ここからは国だけでなく、市の仕事でもある。
狸としては、手紙を東京へ投げて終わりでは困る。投げた手紙がどこへ落ちたか、自分の足で見届けてもらいたい。
報酬が下がれば、得をするのは誰か
地域区分が下がって1単位の単価が安くなれば、利用者の自己負担額や介護保険から支払われる額も、計算上はわずかに下がる可能性がある。
だが、それだけを「負担軽減」と喜んでよいのだろうか。
事業所の収入が減り、人材確保が難しくなり、訪問回数や受入枠が細れば、利用者は別の形で不便を引き受ける。予約が取れない。遠い施設しか空いていない。家族の介護時間が増える。
一枚の請求書は少し安くなっても、暮らし全体の勘定が高くなることはある。
人間社会の算盤は、どうも片側の珠だけを見て「節約できた」と喜ぶ癖がある。反対側で家族の時間がごっそり動いていても、帳簿に載らなければ知らぬ顔だ。
京都市が示すべき三つの数字
私は京都市に、少なくとも三つの数字を示してほしい。
一つ目は、10%から8%へ下がった場合、市内の介護事業所全体でどれほどの減収が見込まれるのか。
二つ目は、訪問介護、通所介護、特別養護老人ホームなど、サービス別にどの程度の影響が出るのか。
三つ目は、市内の介護職員数、欠員、離職率、休廃業の状況である。
「人材流出が心配だ」と言うだけでは、心配の大きさが分からない。数字で見せてこそ、市民は10%維持が必要なのか、別の支援策が必要なのかを判断できる。
国へ財政措置を求めることも必要だろう。だが国が動かなかった場合、市独自で何を守り、何を諦めるのか。その優先順位も用意しておくべきだ。
意見書は立派でも、現場の夜勤表を埋めてはくれない。
二つの珠を、ただ落としてよいのか
今回の話は、単なる「10%か8%か」という数字比べではない。
介護報酬の地域区分を、公務員の地域手当にどこまで連動させるのか。人手不足と物価高が続く京都で、介護事業所の経営を誰がどう支えるのか。そして京都市は、国へお願いするだけでなく、自らどの選択肢を取るのか。
2027年度の地域区分は、まだ最終決定していない。
だからこそ、今のうちに見ておく必要がある。
役所の算盤から珠が二つ落ちる。その音は小さい。だが静かな音ほど、後になって町のあちこちへ響くものである。
私も算盤の前に座り、耳を澄ませておこう。
もっとも、狸の勘定はしばしば酒代のところで合わなくなる。介護の勘定まで同じ調子で済まされては困るのだ。