秋の夕暮れ、私は四条あたりの路地をぶらぶらしていた。
人間たちが家路を急ぐなか、道端には自転車が数台。点字ブロックを塞いでいるわけでもなく、車道の真ん中で天下を取っているわけでもない。持ち主なりに肩身を狭くして、建物の壁へぴたりと寄せてある。
そこへ一台の車がやって来た。
札を付ける。持ち上げる。積み込む。去る。
見事な手際である。その一団を、私は勝手に「自転車にこやか整理軍」と呼ぶことにした。
私が近所の団子屋で、みたらしにするか餡子にするか悩んでいる間に、自転車は人間界から姿を消した。
京都市の放置自転車撤去強化区域では、警告札を取り付けた後、原則として即時撤去となる。十分待つとも、五分待つとも書いていない。
警告札というからには、警告を読む時間がありそうなものだ。だが実際に札を読めるのは、主に撤去作業員と野次馬のたぬきである。
誰が動かしたかなど、風にでも聞いてくれ
さらに面白いのはここからだ。
京都市の案内によると、たとえ他人が自転車を道路上へ動かした場合でも、放置状態なら撤去対象になる。そして引き取りに来た持ち主が、3,500円を支払う。
なるほど、実に明快。
私が駐輪場へ自転車を置く。
誰かが道路へ動かす。
京都市が持っていく。
私が3,500円を払う。
登場人物は何人もいるのに、最後に財布を開く者だけは最初から決まっている。
宴会の途中で皆が姿を消し、一番おとなしく座っていた者の前へ勘定書きだけが置かれるような話だ。
京都市の返還案内によれば、盗難届が撤去前日までに提出されていれば、費用が免除される場合がある。
しかし、朝に誰かが動かし、昼に撤去されたならどうするのか。
そんな俊敏な盗難届を出せる人間がいるなら、撤去車より先に自転車を取り戻している気もする。
道路を塞ぐ自転車を片付ける必要はある。そこに異論はない。
だが、「そこへ置いた者」と「自転車を所有する者」が同じとは限らない。それでも京都市の仕組みは、誰が置いたかを調べるより、所有者へ請求する方を選ぶ。
行政の仕事は多い。たぬきの事情まで聞いている暇はないらしい。
3,500円は税金か
ここで私は尻尾を机の下へ隠し、算盤を取り出した。
撤去保管料3,500円は、市税ではない。
自転車法では、自治体が撤去、保管、売却などに要した費用を、自転車の「利用者」に負担させられる。京都市の3,500円も、この費用負担として条例に基づき徴収される金である。
そして委託業者が、一台積み込むたびに3,500円を懐へ入れているわけでもない。業者が受け取った金は京都市側へ払い込まれる。
ここを「撤去業者が自転車を狩って儲けている」と書けば、威勢はよい。だが事実ではない。
たぬきだって、化かすのは姿だけにしておきたい。
ただし、この金が撤去事業の財源に使われていることは、京都市自身が認めている。
京都市が審議会で示した数字では、2024年度の放置自転車対策に関する支出は約2億円。撤去保管料などの収入は3,000万円余りで、市はこの収入を撤去委託費の財源としていると説明している。
つまり、撤去保管料で事業費のすべてを賄っているわけではない。割合にすれば約15%。残りは一般財源など、広く市民の財布から集めた金だ。
「撤去料という名の市税」ではない。
正しくは、撤去された者から集めた金も使いながら、市税を加えて撤去体制を維持している、という構造である。
名前を正しく呼んでも、財布が軽くなることに変わりはない。
自転車は三分の一、委託費は年約1億2,000万円
撤去台数は大きく減っている。
2019年度は4万1,111台。2023年度は1万4,818台。2024年度は約1万2,000台まで減った。
六年足らずで三分の一以下である。
これは喜ばしい。
人間たちが行儀よくなったのか。駐輪場が増えたのか。あるいは、自転車で街へ出る気力を失ったのか。
理由はさておき、撤去すべき自転車は減っている。
ところが、2025年度から三年間の撤去・保管業務の契約額は約3億6,055万円。年平均では約1億2,019万円となる。
公表された選定資料で対象として名が載るのは一社。評価は100点満点中68.6点。契約額は京都市が設定した上限額との差が、わずか6,000円だった。
六千円。
三年間で三億六千万円の契約における、六千円。
私が団子を何本か我慢すれば届きそうな差である。
もちろん、これだけで不正だとは言えない。撤去車、人員、保管場所をまとめて用意できる業者は限られる。長年の経験を持つ業者へ任せる合理性もあるだろう。
だが、自転車が三分の一へ減った後も、なぜ年約1億2,000万円が必要なのか。
業者が一社しか現れない契約条件で、本当に価格を競えているのか。
撤去一台当たりの費用は、昔より上がっていないか。
市民へ3,500円の勘定書きを出すなら、市もまた、このあたりの明細をもう少し詳しく見せるべきだ。
平均68%なら、駐輪場は空いているのか
京都市が運営する駐輪場の利用率は、2024年度平均で約68%だった。
役所の紙の上では、三割ほど空いている。
ところが施設別に見ると、京都駅八条口西は110%超、円町は約99%。桂駅西口、東寺、西大路駅北口なども九割を超える。
一方で、利用率が二割を下回る駐輪場もある。
平均とは便利な化け物だ。
山科で一台空いていても、四条河原町で自転車を抱えた人間の前に、その一台分の空間が飛んでくるわけではない。
昼間は満車、夜は空車という駐輪場を一日平均にすれば、数字だけは落ち着いた顔をする。
京都市自身、時間帯によって満車となる駐輪場があることや、古い小規模店舗には駐輪場所が不足していることを認めている。
それでも公式の回答は、近くに駐輪場がない、あるいは満車なら、徒歩やバスなどを利用してほしいというものだ。
じつに清々しい。
自転車で現地へ着いた後、駐輪場が満車だと分かったなら、自転車を背負ってバスへ乗れということだろうか。
人間には化け術がない。
せめて折り畳み自転車に生まれ変わるくらいしか手がない。
取り締まるなら、逃げ道も用意せよ
私は、放置自転車を野放しにしろと言いたいわけではない。
点字ブロックを塞ぐ自転車。交差点の視界を邪魔する自転車。消防や救急の妨げになる自転車。こうしたものは、さっさと動かした方がよい。
問題は、危険な放置と、駐輪場所を見つけられず短時間置かれた自転車と、第三者に動かされた自転車を、同じ網で捕まえていることだ。
そして捕まえた後に、「事情はともかく3,500円」となる。
これでは制度が見ているのは行為ではなく、自転車そのものではないか。
京都市が本気で放置自転車を減らすなら、私は次の五つを求めたい。
- 通行を直ちに妨げる場合を除き、10分から15分の警告時間を置く
- 撤去前の写真、位置、時刻、通行妨害の状態を記録する
- 第三者に動かされた場合の異議申立てと減免基準を設ける
- 撤去地点と近隣駐輪場の満空状況を公開する
- 撤去料収入の使途を、地域別の駐輪場整備と結び付けて公表する
さらに委託業務の評価指標も変えた方がよい。
何台撤去したかではなく、何カ所で撤去が不要になったか。
撤去車を何回走らせたかではなく、駐輪場所を何台分増やしたか。
優れた放置自転車対策とは、撤去の腕前を磨くことではない。
撤去車が暇を持て余し、保管所で職員がたぬきと将棋を始めるような街をつくることだ。
きれいな歩道の、見えない勘定
撤去車が去った後、路地はすっかり広くなっていた。
道を塞いでいた自転車はない。警告札もない。持ち主もいない。京都の町は、何事もなかったような顔をして夕暮れを迎えている。
けれども、何事もなかったわけではない。
どこかの保管所に自転車が一台増えた。
誰かの財布から3,500円が消える。
市は年間約2億円を使い、約1億2,000万円の委託契約を維持する。
そして、「本当にそこまでして撤去する必要があったのか」という問いだけが、路地に置き去りとなる。
京都市は自転車を片付けるのが早い。
次は、その問いを片付ける番である。
私は算盤をぱちりと鳴らし、撤去車の消えた方角を見送った。
どうやらこの街では、自転車より疑問の方が、よほど長く放置されるらしい。